第280話 斬牙剣獣

三日月みかづきって言うんですね……つきにも色んな名前があるんだ……」


「形によって呼び名が変わるイメージでいいかもねぇ……まん丸だと『満月まんげつ』、半分で『半月はんげつ』……端っこが残るような弧の形が『三日月みかづき』だねぇ……」


 いじけ気味のグレッグをセキが慰める中で、エステルはマハに言葉の意味の解説レクチャーを受けていた。



うたって同じ意味を認識していれば、言語が違ってもいいってことですよね? なんか北大陸キヌークでもそんな感じだったので!」


 年期を感じさせるエディットの発言にマハも頷いている。


「そうですね~! だからエステルさんの『星之観測メルゲイズ』も『星之観測ホシノカンソク』って、詠むひともいるので」


 トキネも魔術に関しては、マハなどが近くにいることもあり造詣が深い。

 どちらかと言えばセキがこの環境において、知識が不足しすぎているということでもあるが。


三日月あれは受けるより、流すように斜めに受けるべきだったかもね~」


「いやぁ……エステルが羨ましくてつい正面から挑んじまったぜ……」


 セキは膝を抱えながら鼻を啜るグレッグの肩を叩き、仮初めの優しさを見せている様子だ。


「詩としての強度は負けてないんだけどね……」


『グル~ォ……!』


『ヴォウ~……!』


 セキの言葉に反応しているのはポチとプチだ。

 何か尋ねているようでもある。


「テノンが残してくれた詩だからな……攻撃向きなのは分かってるが、あいつの分まで使いこなしてやりてえ……」


「うん……凄まじい詩だからね。グレイ気付いてる?」


 セキの問いを咀嚼できないのだろう。

 グレッグは含めた意味を見つけられず、首を傾げるばかりだ。


「テノンが動種混獣ライカンスロープになりかけた姿。おれに説明してくれてさ。右手の親指と小指の爪が爪っていうよりも、牙みたいだったって」


「あ……ああ。獣の姿になっていくからそんなひとみてえに綺麗に揃うわけでも……」


『グルゥ……ッ!』


『ヴォウ……!』


 グレッグの言葉を遮るように、珍しくポチとプチが喉の奥底から唸り声をあげた。威嚇にも見えるその声はまるで『ボクの魔法のほうが凄まじい』とアピールしているようでもあった。


「でさ。おれがグレイに『デグス』を使う時に上下で扱うように言ったのは右手が上顎。左手が下顎に該当すると思ったからなんだよね」


「ん? ああ……たしかに右手側の牙は長いから扱いやすいが……」


 グレッグ以外はすでに気が付いている。エステルは開いてしまった口を隠すように手を添え、ルリーテの目がゆっくりと見開かれている。


「たぶんおれよりもみんなのほうが知ってるでしょ。上顎から凄まじい牙を生やした魔獣。おれも知ってる魔獣とは言え、やりあったことはないけど」


「――え? そんな魔獣……――嘘……だろ?」


 そしてグレッグも脳裏を過ぎった魔獣に自分の思考を疑った。


「――あ、やっぱりそうなんだ? あの『牙』の形を見てそれっぽいなぁ~って思いましたけど。じゃあポチたちと似たようなものですね! 括りも一緒ですし」


 トキネは素直にお祝いの言葉を投げるゆとりがあるのは、ある意味せいでもあるのだろう。


「テノンが血に宿していた魔獣は『斬牙剣獣ミロドクス』だよ」


 一度見れば忘れることがないほど圧倒的な牙を持つ魔獣である。グレッグたちはもちろん見たこともないが、探求士として全うな知識を持ち合わせていれば、文献で記された姿を容易に想像できるほどに有名でもある。


「ポチ……『断爪破獣アンドルクス』やプチ……『穿角貫獣リケラクス』と同列に語られる魔獣ですね~『恐獣』の中で最強格とはいえ、『極獣』じゃなくて『恐獣』という括りなのが気になりますけど。まぁギルドが勝手に決めたものなので」


「トキネも勉強不足ねぇ……魔獣の括りはその魔獣がに持ち得る力で決まってるのさぁ……ひとだって強くなって等級をあげるでしょ~? しかも魔獣には老いという概念はないからねぇ……長く生きれば生きるほど強く逞しく狡猾になっていくのさぁ……」


 マハの言葉にセキも、なるほど、と手を打つ姿を見せる。だが、そんな会話はすでにグレッグの耳に届いていない。

 親友の力に込められた圧倒的な捕食者である魔獣の牙。そのスケールの大きさに身体を震わせながらも、その瞳に宿していたのは怯えではなく、決意の光だった。

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