第77話 精霊の産声
「魔獣の数が多すぎっ! ルリ下がって! 押し込まれてる!」
「どこから湧いてくるのか……! これだけの数が今まで息を潜めていたというのですかっ――〈
「魔術撃ちますよぉ~! 〈
「この数は異常だのぉ……奥には共喰いしてる個体までいるの」
進んだ先に待ち構えていたのは、数え切れないほどの魔獣の群れだった。
おまけと言わんばかりに、
エステルを中心に前方をルリーテ。背後をエディットが担当し、
次々に湧き出てくる魔獣に終わりの見えない攻防を強いられるが、音を上げることない。頭は冷静を保ちつつも、闘志を燃え上がらせ目前の魔獣に集中した少女たちの連携は崩れる気配を見せない。
セキは攻防に加わらず、その死闘を眺める立場であったが焦りはなく、次々に魔獣を処理していく少女たちに舌を巻いてすらいる状況だった。
だが――
突如、足元、壁、天井、全ての珊瑚が呼応するように、淡い光がじょじょに眩く輝き始める。
海を彩るような青。燃え上がるような赤。
「こ……れは……精霊の……?」
「この深層に魔力が満ちたということですね……!」
「じゃあ、これから精霊さんたちが一斉に生まれ始めるってことですねっ!」
頭の隅では確実に意識はしていた事態ではあるが、少女たちに焦りが生まれた。無理に進もうとしなければ魔獣がいくらこようとも崩れることはない。
しかし、生まれた精霊との契約を行うには魔獣がいては容易ではない以上、現状を打破する必要がある。
エステルは歯を食いしばり、この状況の収束手段を模索しようとしたその時。
「十分休ませてもらったからね」
自身の肩で羽を休めていたチピを、エディットの元へ返すと共に縦横無尽に乱れ飛ぶ
振り向いたエステルの視線の先にセキの姿は既に無く、
正確に言えば行動じたいは見えておらず、
やがて魔獣たちの喧騒が息を潜め、物言わぬ屍の山が積み上がった中央に佇むセキの姿をエステルたちは捉えた。
「アドニスはともかく、自分たちの力でここまでやりきったんだ。契約の時くらいは手伝わせてよ」
魔獣の紫色の血を振り払い、鞘へ納めるセキ。
「ご、ごめ――ううん……ありがとう! じゃあこの部屋で精霊を待つよ!」
「セキ様のお力になれるよう必ずや契約して見せます」
「お言葉に甘えさせてもらいます! 卵は結局見つからずですがこれだけの魔力が集まったのならきっと期待できます!」
セキが見守る中、静寂を刻む大部屋の中央へと足を運ぶ。
すると、一つ、また一つと仄かに輝く光の粒が大部屋へ漂い始めた。足元からも複数の光が隙間から顔を出し、見る見るうちに数えきれないほどの光が集まり、珊瑚の色とりどりの光と共演する神秘的な光景が目の前に広がった。
苔でさえ、光に照らし出され幻想を奏でる一役を担い、その光を見上げるエステルたちもまた感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「お……おぉ……!」
「なんて美しい光景なのでしょう……」
「こ、これだけいたら
一粒一粒の光が誕生を喜ぶかのように大部屋の上部でうねり、時に散開する。その姿は生まれた同士お互いを祝福するかのようだった。
「ちょっとまずいかの」
だが、エステルの胸元に収まっていたカグツチが不穏を告げた。
そしてその言葉通りの事象がエステルたちの目の前で起こったのだ。
「嘘だろ……?」
アドニスとの対峙でさえ瞳に動揺の色を見せることはなかったセキが、明らかに狼狽えた。
エステルたちの頭上で王冠の如く輝く精霊の環にその目を見開き、行く先を見据えた結果――
光の束となった精霊たちはエステルたちに向かうことはなく、その向かう先はセキの元だった。
エステルたちを注視していたために意識の外ではあったが、よく見ればいくつかの光の粒がセキの周りで明滅を繰り返していた。
セキは瞬間で判断し、その口を開いた。
「カグツチ! エステルたちをしばらく頼む! おれは側にいられない!」
「うむ。任せるがよい。だが、まさかお主がここまで……」
セキはカグツチを見やりながら、決断を告げる。カグツチも分かっていたように淀みなく顎を引いた。
「ダイフク! みんなを頼むぞ!」
『チッピィーー!!』
エディットの頭に鎮座していたチピもセキの言葉に片羽を上げながら答える。
「エステル、ルリ、エディ……大丈夫。今日まで頑張ってきた想いは絶対に精霊に伝わるから……!」
「うん……! 絶対……絶対契約してみせるから! セキと一緒に南で冒険できるように頑張るから――!!」
「セキ様。心配なさらないでください。次に会う時は
「セキさん単独だからって無茶しないでくださいね! あたしたちも契約したらすぐにセキさんと合流しますので!」
交わした瞳には涙が滲んでいるようにも見えた。だが、エステルたちはそれでもセキの目から視線を外すことなく、頷いて見せた。
セキも相槌代わりに微笑を纏うと瞼を力一杯に下ろしながら背中を向ける。その背中は微弱に震えているようにも見えた。
しかし俯き気味だった顔を上げ、通路へ顔を向けた直後、少女たちが目に見えない速度で、その姿を通路の闇へと溶け込ませていった。
◇◆
(くそ――――ッ!! なんでだ!! 精霊なら魔力の資質を見ろよ!! いや――あれだけいるなら全部がおれのほうに来ることはねーだろ!!)
セキはやりきれない思いを嚙み潰すように歯軋りをした。
普段とは異なる地を蹴る足に怒りを込めた怒涛の疾走で、エステルたちから遠ざかっていく。
魔獣の有無は最低限度に気を割いてはいるが、今のセキの速度を捉えられる魔獣はおらず、セキの踏みしめる足音だけが、渇いた音を轟かせていた。
(おれとカグツチじゃお互いの位置は捕捉できない……これじゃ……おれは何のために……)
足だけでなく、気持ちを込めた右拳が壁を破砕させる。
その怒りのままに走る先から、轟く爆発音。それは誰かが魔獣と交戦している証拠でもある。
気が付かない体で、進路を変える選択肢はまだ残されていた。
(精霊の一斉誕生だからって都合よく魔獣が引いてくれるわけでもねえからなぁ……)
だが、セキは爆発音へと足を向けた。
それはエステルたちと共に行動し、エステルたちが居たならば――そう思考が巡るようになった結果である。
(あの子たちだったら放っておかないよな――それに……姉さんでも……志が似すぎなんだよなぁ……)
先ほどまでの怒りをその速度で置き去りとし、
音の大きさからして、通路の出口周辺の部屋であると目星を付けていたセキは通路を出ると共に
すると、そこに佇んでいた
「きみはほんとに一切気配を感じさせないね」
そこで魔獣の屍を築き上げていた者は――
「おいおい……パートナーはどうしたアドニス」
セキの左腕を奪った
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