第124話 ランパーブへ

写水晶グラフィタルのこともあの状況じゃ言い出せなかったな……うん……でも、帰ってきたらちゃんとみんなで――)


「いつまでもくよくよしてられないからね! ランパーブでもっともっと強くなってみせよう!」



 ここは中央大陸ミンドール南大陸バルバトスの狭間の海。

 セキと別れたエステルたちはギルド主導の元、ランパーブ行きの船に乗り込んでいた。

 回りはギルド及び国家所属騎士が固めており、客室内の四種よにん部屋をあてがわれたエステルたちは悠々自適な船旅中である。


「はい。旅立ちのまでの期間も気を抜いていたわけではないですが、環境への適応も含めてこの大陸に早く慣れたいですね。かなりラミナスの扱いにも慣れて来たので」


「その通りですっ。あたしも結局、詩を使いこなせていないので実戦で少しずつでもモノにしていきたいですっ」

『チ~ピ~……』


 エステルの声に並々ならぬ意気込みで答えるルリーテ。

 エディットも現状の成果に納得がいっていないのか、両手を胸元で握りしめ力強い言葉を放つ。


 そして……

 チピは当初こっそりセキに付いていこうとしたところ、さすがにセキに説得されたため、こちらの旅路に参加している。

 心なしかセキと別れて寂しげでもある。


 エディットと本当の意味で相棒になったにも関わらず、安定の裏切り行為にエディットから説教を一通り食らったことは言うまでもないだろう。


「うん! みんなセキから教えてもらったことは忘れず、でも……強くなるために身近な目標を一歩ずつ踏みしめていこう……! あ……でも……」


 ルリーテとエディットの返事に呼応するかの如く鼻息を荒げるエステルだったが、


「何か気掛かりでもあるのですか?」


「え~っと……ランパーブなら石碑を見に行ってみたいなって……」


 ルリーテの質問にエステルが指先をもじもじと絡めながら本心を告げる。

 基本的に書物中心に歴史的な価値あるものに魅力を感じるエステルらしいと言えばらしい回答でもあった。


「あ~っ! あの『二つ名』が刻まれてる石碑ですね? それはあたしも見てみたいですし、ちょっと石碑に触れて『二つ名』が出るかみたいですっ」


「う……うん。いや、その『二つ名』がもらえるなんて思ってもいないけど……でもこの世界で名を残した証を……実際にこの目で見てみたいなって……」


「はい。それはわたしも賛成です。見たからと言って何もないかもしれませんが……万が一でも、感じるものや心に響くものがあるかもしれませんので。せっかくランパーブに行ける機会を得たのですから、そのような場所を巡るのも良い経験となるでしょう」


 二種ふたりの快諾を受けて、エステルはほんのりと紅が差した頬を緩ませている。

 息抜き、という表現が正しいかはともかく、戦闘やクエストのことで視野を狭くするばかりが冒険ではない。

 様々な物に見て触れることこそ冒険の醍醐味であるということを、エステルは無意識に理解しているのかもしれない。


「よかった! えっと……それとね……ランパーブならもう一個行きたいところがあって……」


「そう遠慮がちになる必要もないと思いますが……あとは……ギルド本部などでしょうか? さすがに中に入ることは難しそうですが……」


 ルリーテがアテを探るもエステルは小さく首を振る。

 そこへ指を唇へ添え思考していたエディットが首を傾げつつも、


「あ~……たしかランパーブは美味しいお肉が売りというのを――」


「うん。ごめんエディ。違う……」


 迅速な否定の言葉が飛ぶ。

 だが、エディットは必ず食べてみせる――と心に誓っている様子が、見ている側にも伝わる凛々しい表情である。


「えと~……ランパーブは歴史ある国だから……で……ギルドが管理してるとっても大きい書庫があるの……! 探求士の級で閲覧が制限されてはいるんだけど、一度行ってみたくて……! 噂によるとね――」


 言葉に乗せ始めた途端、エステルが幼い子供の如く、眩い笑みを向ける。

 エステルはもともとクエスト記録や魔獣記録など、個種的こじんてきに記録することも好んでいるが、他者の記録、さらには物語も含め書籍にかなり興味を惹かれる性格なのである。


 一度読みだすと驚愕の集中力で独自の世界に没頭するため、現実に連れ戻すのが一苦労ではあるのだが。

 今もエステルが頬どころか、顔を紅潮させた語りが延々と続いている状態であった。


 矢継ぎ早に繰り出された情報をルリーテは無理やり口角を上げつつ、タイミングを見て頷き、エディットに至っては耳に入れることを放棄している状態である。


「――と、こんな知の宝庫に行かない手はないよ!」


「ええ、ぜひとも足を運びたいですね!」


「あたしも興味が出てきました!」


 エステルの喉を酷使した演説アピールは、当たり障りのない棒読みの返事によって幕を下ろしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る