第123話 業鬼種の里へ

「大丈夫だった? 章術士さん」


 呆気にとられていた女性はその声に肩を跳ねさせる。

 声の主は赤い髪を備えた青年。セキである。


「――え……あ、ありがとうございます? 今のあなたが……?」


「はい! 見てた感じ章術士さんは迎え撃てそうだったけど、他が頼りなさそうだったんで」


(ふっくら体型だけど母性がめちゃくちゃ高そう……)


 セキは頭を下げる女性に手の平を向け歩き出すが。


「な――何を失礼な! 探求士風情が守護騎士たる我らを愚弄するか!!」


 反応した騎士がセキの背中へ咆える。

 セキは面倒そうに頭をかきながら肩越しに視線を送った。


「指示に従わないだけならまだしも単独で斬りかかるなら、それ相応の実力を身に着けてからにしたほうがいい」


 抑揚の極めて少ない淡々とした口調。

 さらに見開かれた目の一睨みは、騎士たちに追撃の言葉を許さない。


「しかも……だ。戦闘状況を的確に把握したこの子の指示の貴重さも分からないなら……お前ら戦いに向いてないよ。大方その実力に見合わない鎧で今まではどうにかなってたんだろうけどな」


「なにを……ッ!」


 セキの言葉は男に対して基本的に遠慮はない。

 セキは足手纏いなりに精一杯やるなら救いの手を差し伸べるが、勘違いしている者に対してかける情けは持ち合わせる必要を感じていない。


「――ってことで、きみは間違えてないから、これで自信をなくすこともない。でも……教会の派遣がどう選ばれるのか、おれは分からないけど次はもう少しまともな騎士と組ませてもらえるとやりやすいんじゃない?」


 セキは冷淡さを乗せた瞳を一転させ、にこにこと温かみ溢れる視線を女性に向けた。


「あ……ありがとうございます……あの……お名前は?」


「おれはセキ。また縁があったら一緒に戦おう。それじゃ守護任務? 頑張ってね!」


 セキは口角をあげ、女性に答えると手を振りながらその場を去っていく。

 そして……残された者たちは――


 騎士は歯軋りと共にその背中を睨み。

 章術士の女性は両手を握りしめ、畏敬の念をもった眼差しをその背中に向けていた。



◇◆

「お待たせ。これできっと教会から独り立ちした頃に出会って……甘い恋物語が始まる可能性が……」


「お主は心の中に仕舞っておけんのかの~?」


 遠目で見守っていたアドニスとフィルレイアの元へ合流したセキ。

 開口一番の言葉に目を細めるアドニスたちに代わり、頭巾フードの中からカグツチの声が後頭部に叩きつけられていた。


「ほんときみは男性と女性の扱いが分かりやすいよね。まぁ……きみらしいけど」


わたしも魔獣の強さは違えど、似たような状況で助けられたから、何も言えないわね……」


「男が戦いに挑んで死ぬのは特におれの心は痛まないからな。でも珍しいってか業鬼種オグルの角あったけど、ちょっとふくよかな子だったね。業鬼種オグルって肉質的にみんなギチギチな筋肉質になるもんだと思ってたよ」


 セキはカグツチの言葉を強固な後頭部で受け止めきり、己の心の内をすんなりと吐き出している。


「あれは純潔じゃなくて業鬼種オグル適受種ヒューマン半血種ハルプだろう。角はおそらく片手だけだと思う。半血種ハルプの場合、業鬼種オグルの特性である肉質が現れるのがちょっと遅いんだよね……だからその前だとどうしてもちょっとふくよかになってしまうんだ」


「それ聞いたことあるわね。成長過程でたっぷりお肉蓄えてそれがそのまま超密の筋肉になるんでしょ? だから業鬼種オグルは魔力なしでも筋力が高いって」


「あのふくよかさは可愛らしい顔と相まっていいと思うんだけどな」


 すでにセキの頭に騎士たちの姿は残っていないようだ。

 出発と同時の出来事だったが、この三種さんにんはこれからが命懸けの本番であることは忘れてはいない。


「この先からは道中の魔獣も面倒だからなぁ……」


「先頭は僕が行こう。それと……索敵系はフィアに任せていいかい?」


「ええ。探知は任せて。最後尾はセキでお願いできるかしら? 探知が漏れることはまずないでしょうけど」


 先ほどまで見せていた朗らかな表情をやや引き締め直す。

 竜の契約者が三名揃ってなお、命の危険を覚悟する魔獣『かさね』。

 だが、たどり着くまでも油断ならないのが、この南大陸バルバトスである。


「うん。フィアが探知したら気が付くと思うけど……アドニス。お前ちゃんと説得してきたんじゃねーの? 町の門からずっとだから見送りというか名残惜しんでるのかと思ってたけど、今もからな」


「え……? それって……。はぁ……ナディアも付いてくるっていうから半ば撒くような形で出て来たのが良くなかったようだね……」


「なによこれ。三種さんにん反応してるからアドニスのとこみんな来てるじゃない。本種ほんにんたち隠れてるつもりなのかしら?」


 セキとフィルレイアの視線がアドニスの背中へ突き刺さる。

 ――が、アドニスは分が悪いことを悟っている節が見られ、セキたちを振り向くことをしない。


「しょうがない……ちょっと速度を上げて切り離そう」


「お前ぇ~……まぁしょうがないか。変に巻き込んだ時、アロルドが死ぬのは別にいいけど、ナディアと例のリディアさんに何かあったら大変だしな……」


「アロルドは終わったら説教ね……」


 三種さんにんは、合図を掛け合うこともなくギアを上げ、緑の絨毯を駆け抜けて行く。

 自然の姿が色濃く残る大地や木々の美しさとは裏腹に、凶悪な魔獣が潜む地へ、迷うことなく踏み込んでいった。

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