第288話 セキの帰宅

「それじゃ~最後は……もう大丈夫そうか?」


「……はい! むしろ嬉しくて元気が出てきちゃいました!」


 カリオスの声に力強く頷くのはエステルだ。まだ瞳に潤いを残しながらも、カグヤと共に戦えるという興奮が表情にも浮き出ていた。


「おう……! それじゃ~柄のほうは分解バラして、徽杖バトンに組み込むことにすっか! んで~――」


「それは嫌です! カグヤお姉ちゃんの柄のままがいいです!」


 エディットとグレッグが顔を覆い、ルリーテは、どの口が……、と言いたげな驚愕の表情である。トキネやカリオスたちは視線がじょじょに……だが確実に、彼方へと移っていく。


 最悪なことにルリーテの澄ました態度とは異なり、絶対に譲らない、と言わんばかりに柄を抱きかかえてうずくまる始末である。


 徽杖バトンは通常の場合、金属の棍棒のようなとてもシンプルな作りである。魔装として魔力源を組み込む場合、中央付近に埋め込む、もしくは先端に飾りのように組み込むことが多い。

 そのどちらも柄のままでは勝手が悪いことは明白である。


「おっちゃ~ん! タイミング悪すぎない――ッ!?」


 そこに現れたのはセキだ。

 ルリーテの時に戻って来いよ、と言いたげな視線をエディットやグレッグが送っているが、こればかりはセキに非を求めることは難しいだろう。


「おぉ~! セキ! ちょうどよかっ――んっ! んんっ! もう注文は聞き始めてるぜ~!」


「それはあんがと! みんな要望は通りそう?」


 そんなセキの疑問を皮切りに、これまでの経緯をグレッグが説明することとなる。




「ははっ! そうやって使いたいって気持ちを出してくれるのは姉さんも絶対喜んでくれてるよ~!」


「そうだよねっ! ほらっ! セキはわたしの味方だよ!」


 セキが自陣営と判断するや否や反撃に出るエステル。


「でも、ルリ。握りはちゃんと調整してもらわないとダメだよ?」


「はい。セキ様がおっしゃるのであれば……しっかり調節をして頂きお役に立てるように尽力させていただきます」


 すでに話をつけていたとはいえ、あっさりと認めるルリーテの姿になぜかセキへ怒りを覚えてしまう一同。


「――で、エステルのほうなんだけど、差し金型……直角の持ち手をくっつけちゃえば?」


「ああ~なるほどなぁ……徽杖バトンはそのまま作って、その直角の持ち手を刺せば柄はまんまでもいいし、徽杖バトン本体の強度はむしろ高まるな」


旋棍トンファーみたいな持ち手にすると杖としては使いにくそうだからね」


 セキの提案に頷くカリオス。そんな光景に見る見るうちに瞳を輝かせるエステルは握りしめる柄に目を落とした。「そうすっか~!」とカリオスが同意の声をあげるとエステルも同じく喜びを嚙み締めるように拳を握りしめていた。


「それでルリにはこれ。その皮手袋グローブがダメってわけじゃないけどね。女の子にはちょっと物々しいかなって思ってたから」


 意図を特に汲むことなく、頬を染めながら受け取るルリーテ。

 指抜きフィンガーレスのイブニンググローブにも見えるが、指先――爪だけは隠れるように生地があり、アーチェリーグローブにも似ている。


「え……あ……これ指先が隠れますね。ですが、手袋のように手を全て包むわけではないので圧迫感もないですし……これって……?」


 何かに気が付いたように顔をあげたルリーテ。セキも頬を緩ませながら視線を交わす。


「そうそう。今たぶん気が付いた通り。姉さんが使ってたんだ。指先が見えないように――って意識で織ってもらったものだから」


 ルリーテが目を見開く。

 そして手に握りしめたグローブを抱きしめた。同じ種族として生まれた者として同じ悩みを抱えていたことが、手に取るように伝わる。

 そして悩みを理解しているからこそ、セキが形見にも近いグローブを自身へ贈ってくれたという気持ちが胸を火照らせる。


 専用の魔装作りという探求士の一大イベント。

 様々な想いと我儘が入り乱れることとなったが、結果として誰もが納得の行く形で静かに――だが、かつてないほどに熱を帯びた始まりを迎えることとなった。

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