第287話 約束の形

「カグヤお姉ちゃんがって……?」


「その柄はカグヤが使っていた刀の柄だ。ようするに魔装向けに作られている。『約束を守れなくてごめん』ってな――それで代わりにこれをお前さんにってな」


 死の間際でなお、約束と向き合ってくれていたカグヤ。その想いがエステルの心に染み入った時、彼女の頬を伝う涙は止められるものではなかった。

 顔を覆いながらすすり泣くエステルの声が鍛冶屋内へ優しく響く。


「刃じたいは最後の時に砕かれちゃったんですけど、柄――というか、魔装として魔力源を収納する場所も同じくらい重要ですからね」


「で……でもそれならセキが使うほうが……」


「セキにぃは、カグねぇとお揃いで持っているので。何よりエステルさんと一緒に世界を回りたいんじゃないですかね」


「――あ……うん……うん……お姉ちゃん……そんなことを……」


 改めて柄に目を落としたエステルは柄を抱きしめる。力一杯に瞼を下ろし、歯を食いしばる彼女はカグヤとの触れあった日々を噛みしめているようでもあった。




◆◇

「お~なかなか明確な注文じゃねえか~! 了解だ!」


「ええ! 何しろオレが前に立たなきゃならないんで……!」


 エディットとグレッグが自身の要望をカリオスに伝え終えていた。エステルは溢れ出した感情を抑えきることができず後に回す形となっている。

 だが、顔をあげると八重歯を覗かせ、グレッグたちの姿を眺めるまでに気持ちが落ち着いてきたようだ。


「――で……次はルリだな」


「あ……そういうことでしたらわたしは弓を――」


「ん? 刀のほうはいいのか?」


「こちらは何も問題ありません。セキ様から頂いたものなので」


 ルリーテは腰に差していた小太刀を見せる。カリオスが受け取り一通り目を通し口を開いた。


「ああ。たしかにセキの――俺たちが作ったもんだ。だったら握りの調節だな。今はセキの使いやすい握りになってるから――」


「いえ――ご心配には及びません。それならばむしろ合わせるべきはわたしの握りですので、いざとなれば指の骨――」


 至って冷静に告げる言葉の数々に戦慄を覚えるカリオスたち。すでにセキが絡んだ途端、ルリーテへの信頼が限りなく無になることを把握しているエステルたちは、生まれたての子犬が行ういたずらを見つめるような、諦めに近い温かな眼差しを向ける他なかった。


「え~っとルリ。そういうのはちゃんと直してもらったほうが……」


「エステル様。申し上げている通りここで直すべきはわたしの握り方ですので――」


 セキが不在のため、ルリーテを説得できる者がいないのである。

 頑なに「セキ様から頂戴した刀を自分のためにいじるなどありえません」とやや理解に苦しむ拒絶を見せるルリーテ。


 代わる代わる説得に乗り出すも、すでに耳に入れる気配がない。グレッグに至っては、口を開く前に害虫を見るような蔑む視線を送られたため、部屋の隅にうずくまっている状態である。


「で……でもほらルリさん。握りが調節されて使いやすくなるほうがセキにぃとの共同作業でセキにぃの負担がすっごい減ったりとかするんじゃない……かな!? 変な握り方で慣れるよりも、そっちのほうが一緒の作業に入れる期間も早いし……楽しいし……?」


 ルリーテの肩が跳ねあがる。

 ただのパーティ戦闘を共同作業、と言い換えたトキネの機転は称賛されるべきでもある。


「し……失念していました……わたし如きがセキ様のお役に立つためにはほんの僅かな妥協も命取り。少しでも近付き……そしてセキ様の背中について行くためには手段を選んではいられないと……そして――」


 ルリーテがつらつらと懺悔を重ねているが、耳を傾ける者は皆無である。

 トキネも扱いが分かってきたようで、セキをダシにしたはいいものの、ぎこちない笑顔を貼り付けるだけで精一杯である。


「よ……よ~し……それじゃ握りは調節……だな」


 ルリーテの独白を聞き終えた後、辛うじて喉を震わせたカリオスは、すでにいくつもの武具を作り終えた以上の疲労感をその両肩に感じ取っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る