第286話 贈り物

「あの~すいません~……」


 迅速な動きを見せたエステルたちはすでに鍛冶屋の入口から顔を覗かせていた。

 しかし、そこで中に居たのは小柄な老種ろうじん一種ひとりだけだった。


「おぉ~……? 若い女子おなご三種さんにんも来るとは珍しいのぉ~!」


「えっと~その魔装を作ってもらいたくて来たんですけど……」


 鍛冶屋というイメージから屈強な男性を想像していたが、腕も太いとはいえない。長い白髪を頭の後ろで束ね、鼻下から顎にかけて髪と同色の髭を蓄えた老種ろうじんそのものでもあった。


「ほほぉ~! なるほどなるほど! この儂……ヨハネスにまかせるのじゃ!」


 ヨハネスの返事に顔を綻ばせる一同。

 だが――


「ふむ……ではまずパイパイのサイズを測るところからじゃの!」


 三種さんにんの目が等しく細められた。あまりにもストレートに言われたため、聞き違えではないか、と反芻しているようでもある。


「え……えっと~防具ではなく武器なんですけど……」


「うむ! 武器でも扱う時に邪魔になるかならないかを見なければならんのじゃ!」


 さらに目を細める――どころか、目を瞑ってしまう三種さんにん。しかしここで戸惑うエステルとエディットを置いて、ルリーテが前に出た。


「どのような理由かは分かりませんが、必要ならば良いでしょう。わたしがまずは測っていただきましょう」


 腰に手を添え凛とした佇まいを見せるルリーテ。ヨハネスはルリーテの胸元をまじまじと見つめると――


「ないものは……触れられないのじゃ……」


 憐みと失望交じりの視線とついでにため息を添えて紡いだ一言。もちろんルリーテはその言葉を戦いの合図と見なし、小太刀を抜き放っていた。


「ぬあぁぁぁ~! ルリ! ストップストップ~!」


「ルリさん落ち着いてくださいっ!」

『チ……チピィ……』


 表情を一切変えず、むしろ微笑で固定したままに詰め寄ろうとするルリーテをエステルたちが必死で止めに入る。

 チピに至っては迸る殺気の前に涙しながら小水を漏らし、怯える始末である。


「グレイさんここですよ~! ――って、みなさんどうしたんです?」


 ひょっこり顔を覗かせたトキネ。エステルとエディットにこのタイミングで現れたこの少女は女神のように輝いて見えていた。




「はい。だいたい事情は分かりました。じゃあルリさん一緒に刻んじゃいましょうか!」


「さすがトキネ様。話が早くてとても助かります」


 トキネに説明を終えると共にルリーテの味方が増える。後方で話を聞いていたグレッグは顔を覆うだけで声も出せない。

 慎ましやかな胸を誇る少女二種ふたりの結束の固さが垣間見えた瞬間でもあった。


「お~! 来たかぁ~! 事情はトキネから聞いてるぜ~」


 そこにカリオスとニコラが戻る。ようやく話の収束の兆しが見えたことにエステルは胸を撫で下ろさずにはいられなかった。

 お互いに軽い自己紹介を含めた挨拶を交わす――が、ヨハネスはこっそりと奥の作業場に逃げ込んでいた。


「親父のほうは……うん。まぁ後でセキに斬られるだろうからな……」


 自身の父であるヨハネスの最後を迷いなく認めるカリオスの目に哀愁は特にこもっていない様子である。


「いきなり来て魔装を――なんてすいません! ん? ありがとうございます! ん?」


 興奮を抑えきれないエステルがお礼の形に迷っている。そんな折トキネに促された面々は座椅子に腰を下ろしていた。


「いや、いきなりじゃねえさ。だから……これを取りにいってた。お前さんの武器の元になる」


 いいながらカリオスが差し出した手に乗せられていたのは『柄』だ。

 剣や刀の持ち手に該当する部分である。形状からしてセキの使用する刀の柄に見えるその部位を見つめる一同。


「えっとこれってセキの武器……刀の持つところですよね? いきなりじゃないって、あ……セキが伝えてくれてたってことですね」


 エステルは受け取った柄に視線を落とす。新品とは言えない、とても使い込まれたものであることだけはたしかだ。


「まぁそれもあるな。だがその柄はカグヤが……エステル――お前さんに残したものだよ」

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