第289話 星空の下で

 魔装作りの要望を伝え終え、実際に取り掛かるのは翌日ということで、解散となった。

 夕食や特訓も済み、いつものように就寝に入ろうとするも興奮を抑えることができないエステルは夜風と戯れるべく、家の外へ繰り出していた。

 すると――


「お~! そうかそうか! なら助かるよ。おれが魔力の機微を伝えられないからね」


『グル~ォ……!』


 セキと弟たちが星明かりの元で談笑を交わしている声が耳に届いた。


「うんうん……! そうだな。お前と一緒で炎だからダイフクもえらい懐いてるもんなぁ……お前の魔力もいい刺激になってるんじゃないか?」


『ヴォウ~……!』


 日常を見る限りポチやプチはエステルたちに甘く、セキも含めた男には厳しい。だが、今エステルに届くポチやプチの声は大好きな兄に、自慢話を伝えたい弟たちの誇らしげな声そのものだった。


 エステルが物陰から覗くとセキたちの姿を捉える。そしてその行動はセキが気が付くと同義だ。

 ポチたちを見上げていた顔が肩越しにエステルへ向けられた。


「――あ……ごめん。お邪魔するつもりでもなかったんだけど……」


「あれ? 眠れなかった? 特に気にすることないよ~ポチたちにいない間に起こったことを聞いてただけだからね」


『グル~ォ!』


『ヴォヴォウ!』


 その言葉に頬を緩ませたエステルはセキの隣へ腰を下ろす。「それにエディとダイフクもプチの背中で寝てるしね」とセキは告げた。


「どうりでいないと思ったよ~……でも……この村に来てから目まぐるしい日々でほんっとに充実してるって感じる!」


「それなら良かった。魔装作成もこれから進むしきっと冒険できる範囲もずっとずっと広がると思うよ?」


 さらに仰向けに寝転んだエステルは、星を見上げながらセキの言葉に胸を弾ませた。


「うん……! そしたらちょっと目標はともかくとして向かってみたいところはあるかも……?」


 セキが優しい目元を携えエステルに視線を向ける。


「ん~……『ブロージェ国』かな?」


「――あれ! すごい! よく分かったね~……」


 ブロージェはすでに滅びた国だ。そしてエステルの生まれ故郷でもあるが、赤子だった彼女にその記憶はない。


「ここに向かう時に向かえなくもない方角だったけど……優先はこっちかな~って思ってたから。でも一度足を運んでみるのは賛成だよ」


「うん! こっちに先に来て絶対良かったと思う! ブロージェ周辺だってひとがいなくなってから魔獣がたくさんだって言うから……こうやって力をあげてからのほうが少しでも安心の材料になるし……!」


 祝福精霊との契約も交わした彼女は、来る前とは見違えるほどに逞しく成長している。それでも大陸の至るところに潜む、凶悪な魔獣には届かないことは承知している。

 だが、少しずつでも世界が広がる感覚を彼女は今まさに実感しているのだ。


「もう自然に飲まれちゃってるかもだけど……色々予想しつつもやっぱり一度見ておくのはいいと思うよ」


「また気持ちが焦ってきちゃうけど……しっかり魔装に慣れて……それでお父さんに行ってきますを言えたらいいなって思ってる……!」


 そう、エステルは傷は癒えたがまだ父親の墓訪れてはいないのだ。この村を出発する時に挨拶をしたいといい、少しでも逞しくなった自分を見てもらうために日々研鑽を積んでいるのだ。


「そうだね……! みんな力をつけてきてることはおれたちが保証する」


「ありがと……! それじゃまた改めてご指導よろしく――だよ!」


『グル~ォ!』


『ヴォヴォウ!』


 星空に向かって突き出した手は、今はまだ遠いセキの背中に向かって伸ばしたようでもあった。

 ポチやプチも続けて雄叫びを上げるがセキに「お前らは村守ってくれよ……」と諭されている。


 そんなエステルの決断が彼女自身を含む今後に、多大な影響を及ぼす選択となることは、この時はまだ……全てを見下ろす星でさえも知ることはない。


 それでも彼女の運命の歯車はたしかに今、音を立てて動き出していた。


           パレット探求記 第6章 帰郷

                  完



*****

本章まで読み進めていただきありがとうございます。


パレット探求記 七章開始予定のご連絡となります。

いつも読んで頂いている方々には大変申し訳ないのですが、2024年8月を目安に開始予定とさせて頂いております。


https://kakuyomu.jp/users/zeon4992/news/16818093076264158741


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パレット探求記 赤ひげ @zeon4992

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