第160話 高まる鼓動

 翌日。

 エステル一行は臨時パーティの募集をかけにクエスト紹介所へ足を運んでいた。


「あれ~? グレッグさ~ん! 百獣の討伐隊から帰ってきたの?」


 エステルが受付に向かう際、すれ違うひとの流れにグレッグの姿を見つける。

 グレッグも自身を呼ぶ声にしばらく首を振ると、小走りで駆け寄ってくるエステルをその視界の端に捉えた。


「お~! 完全に終わりってわけじゃねーけどなっ! 南側の掃討が終わったんで、討伐隊も小休止ってところだ!」


 エステルへ手を上げながら歩み寄るとグレッグは流れから外れるよう、壁際へ彼女たちを誘導する。

 

「――って言ってもオレは荷物持ちみてーなもんだったからな! 体力が余ってしょうがねーから、また同行の仕事でもってな所だ~な」


「おぉ~! それなら……良かったら、わたしたちと臨時パーティでクエストに行きませんか?」


 すでに同行時にグレッグの戦い方も見ている上での判断である。

 唐突な話ではあるものの、続くルリーテとエディットも頷きながら話を聞いているあたり、賛同という意味合いである。


「お! そりゃー願ってもねー! それならクエスト選択も兼ねて奥の酒場でちょっと話そーや! もちろんオレが出すからよ!」


「話が早くてこちらこそうれしいですよ! じゃあ酒場に向かいましょう!」


 トントン拍子に事が進み、受注所から酒場へと足を向けた時。

 喧騒に紛れてはいたもののたしかに声が響いた。


「死神が懲りもせず新種しんじんとパーティとはな~」


 エステルたちの耳にもその声が届くものの、このひと混みの中では声を発した者を特定することはできるはずもなく……


 そして、グレッグは声に反応することもなく酒場へと歩を進めていたが、エステルがふいに覗いたその横顔には、少しだけ陰りが写り込んでいた。



◇◆

「ふむふむ……そうすると殺蟷螂キラーマンティスあたりが妥当かな?」


「オレは問題なしだ。場所も南方面なら、ちょうど掃討した方面だしな」


 酒場で木円卓テーブル四種よにんで囲み、受付から拝借した写水晶グラフィタルを覗き込む。

 各魔獣に関連するクエストが一覧で見えるようになっていた。


「たしかに殺蟷螂キラーマンティスの鎌は脅威でしょうが、グレッグ様の双盾とは相性が良さそうでもありますね」


 ルリーテが顎に手を添えながら納得の表情を浮かべている。


「そうですね! 受けるだけじゃなくて旋棍トンファーのように盾で攻撃もしてたのには驚きましたよっ」


 そこに乗るのはエディット。

 以前の同行でのグレッグの戦いぶりを真似るように腕を振りまわす仕草が見て取れる。


「さすがに昨今の前衛は重術士とか、重騎士が主流だからな~……盾で受けるだけじゃなくて攻撃も意識せにゃパーティにも誘われにくいからなぁ……」


 職の不得手な部分をどう補うか。

 それはグレッグに限らずではあるが、どの職にも共通する悩みの一つである。


「そんでまぁ……本格的に魔獣の魔法を受け止める時は、この両腕の盾を合わせれば盾術士らしい立派な大盾の出来上がりってわけよ!」


 グレッグは盾を両腕に備えており、片方の一枚だけでもエディットが隠れるほどの大きさである。

 通常戦闘の際はその両腕の盾を旋棍トンファーさながらに振り回し、打撃を与えることも可能である。

 そして盾術士の真骨頂である防御に関しても疎かにしているわけではなく、その両盾を自身の前で重ね合わせることでグレッグの巨体さえも覆う事ができる大盾として扱うことも可能としていた。


「相手に合わせて盾の種類を変えたり~とかは、あたしも聞いた事がありましたが、二枚合わせると大きな盾として扱えるっていうのはおもしろくて好きですねっ!」


 グレッグの言葉にエディットが胸を弾ませている。

 盾術士という職もさることながら、斬撃というよりも自身と似た打撃系という所での職的な共感もあるのだろう。


「そういってもらえるのはありがてえな! だがまぁ……鎧も重鎧ヘビーアーマーとは言わねーが、軽鎧ライトアーマーと呼ぶにはゴツいから、機動力回りはそっちに任せるぜ!」


「そこはお任せください」


「了解ですっ!」

『チピ~!』


 グレッグの苦手とする機動力に関しては、ルリーテとエディットが胸を張りながら担当する旨を告げる。


 同行を覗けばエステルたちが行ったクエストは初回の苦い締めとなったあのクエスト以来である。

 あの苦さを忘れたわけではないものの、エステルはこのように新しい風を迎え入れたクエストの始まりに、自身の鼓動が高まる気配を感じ取っていた。

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