第159話 再始動

 エステルの能力を説明してから一月ひとつき

 彼女たちは目まぐるしく、同行クエストの日々を送っていた。


「周辺の地形も把握できましたねっ! 薬草類の分布も大分理解できましたよっ」

『チッピ~!』


 宿の一室に胸弾ませる声が響き渡る。


「ええ。わたしもクエストのついでに、食材を確認する余裕も生まれてきました」


 エディットに続きルリーテの返事も声色トーンが一段高い。


「なんにせよ~……日替わり同行……ん? 途中からは隔日かな? でも~無事に終わりました~! おつかれさまー!」


 そして祝杯代わりのエステルの声と共にグラスを合わせる音色が響き渡った。

 同行で付き添ってもらった翌日に自身たちだけで同地へ赴き、実戦を経て伝えられた内容を反復し、自らの経験として蓄積していったのだ。


「説明頂くだけではピンとこないこともありましたからねっ! エステルさんの提案がばっちりでした!」


「あはっ。わたし自身もやっぱり自分で戦ったり、目的地まで自分で考えて歩いてみないとすぐ忘れちゃいそうだったからって言うのもあるかな~」


 同行者は前半は日替わりではあったものの、後半はある程度慣れ親しんだ者に、数日間お願いすることも少なくはなかった。


「説明に特化するなら知識豊富なトートック様ですが、頼りになるという点だとゴルド様は癒術士とは思えない強さでしたし、グレッグ様も盾術士らしい堂々とした戦いっぷりで感服しました」


 グラスを傾けながら同行の日々を振り返るルリーテ。

 すでにグラスの中身も残りわずかとなっており、ほのかに頬を染めている様子でもある。


「ゴルドさん特訓の成果が実を結んだって喜んでましたよねっ。でも……途中からグレッグさんは百獣討伐隊に加わったようでお会いできなかったのが残念ですっ」


「紹介所で発注書を改めて見ると、百獣とか千獣の発注書たくさんあったよねぇ……それに北西方面で距離あったけど、未確認で禍獣級の恐れあり、みたいな警戒書も見かけたよ~」


 まだまだ自分たちでは手が届かない魔獣のほうが多いという現状ではある。

 しかし、彼女たちは立ち止まっているわけではない。


 百獣など蹴散らせるほどの強さを視野に入れなければ、この南大陸バルバトスで冒険などできるはずもない、ということを彼女たちは理解している。

 そしてそれは、過去の百獣『火眼獣ヘルハウンド』の件も少なからず影響を与えていることは確かであった。


「百獣とかの出現区域に近寄らないよう注意ですねっ!」


「うん。そろそろわたしたち自身でクエストを受注していきたいし、そういう区域はまだ選ばないようにしよう……!」


「ええ。慣れてきた今が逆に油断してしまう危ない時期でもありますので……」


 三者共にグラスを木円卓テーブルへ置きながら視線を交わす。

 酒を飲んでいても飲まれているような眼差しをする者はこの場にはいない。


「そうすると……これからのクエストなんだけど……本音を言えば三種さんにんでって言いたい。でも……同行を経験したとはいえ前衛抜きのまま――」


 少々陰りのある表情を見せるエステル。


「ええ。エステル様の心配は最もだと思います。そして……わたしの詩を気にされることもありません。遅かれ早かれだと思いますので」


「臨時パーティ的に前衛さんを募集したいってことですよね? あたしも大丈夫ですよっ! と言うよりも、あたしの降霊詩を解る方も少なさそうだとは思いますがっ」


 エステルがやや口ごもった理由を、いち早く察したルリーテが助け舟と言えるべき言葉を紡ぐとエディットも賛同を示す。


「同行の時は基本戦闘は同行者のひとだったけど……臨時パーティだとルリの古代詩エンシェントもダイフクが不死鳥フェリクスっていうのも知られちゃうなって思ったけど……ありがとう!」


 エステルの中にあった懸念を払拭する二種ふたりの言葉に頭を下げ、


「これからのし上がっていく以上……――出し惜しみはなしだねっ! セキだって今強敵と戦って頑張ってるんだから!」


 エステルの瞳が星の如く煌めく。


「その通りです。セキ様が戻られた時に驚いて頂けるほどには力を付けたいので……!!」


 セキの名前がでればそれだけで普段以上に意気込むルリーテ。


「ふふふっ! 明日が楽しみになってきましたっ! あたしとしてはイースレスさんみたいなイケメンさんが良いですっ」


 未だに諦めていない様子のエディット。


 すでに深夜にも関わらず彼女たちの部屋の明かりが消えることはなく、周辺の地図を広げ、クエストの予定立てに勤しむ声が夜の闇に響き渡っていた。


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