第28話 現状の打破

(当たり前のように這い出てくるのね……なんだよ、夜なんだからおとなしく寝てろよ……ステアさん絶対におれの言った言葉忘れるくらい驚いてるよ……!)


 セキの考えた通りステアは両目をぱちぱちとさせながら木角卓テーブルの上のカグツチを凝視している。

 ステアはよくよく考えてみればセキが訪ねて来た際に扉の向こうで誰かと話していたことを思い出すと。


「えっと……セキくんの精霊? じゃないわよね……」

「我はカグツチだの。精霊と一緒にされては困るかの」

「あの……話すと長くなるのですが……えーっと、ちょっと前に南で拾った精獣というか精霊というか……トカゲの親戚というか……」


 セキは嘘をつくのがあまり好きではない。ブラウたちに言ったように精獣で押し通しておこうとは思っていても気が引けている。カグツチが自分で『竜』というのは避けているフシが見られるため、それだけが救いになっていることはたしかだ。


「精獣様なんて初めてみたわ……ほんとに言葉を喋れるのね……そんな精獣様に認められるなんてやっぱりセキくんすごいのね……あ、ちょっと待っててくださいね」


 セキは褒められはしても素直に喜べない自分がいることに悶えている。だが、精獣さえも比較にならない『竜』に認められているということは事実である。それを言っていいものかと考えてはしても、結果は言わないに落ち着いてしまう。というところにステアが台所から戻ってくる。


「これ失礼じゃないかしら……」


 調味料等を計るための小さな器に紅石茶を入れてきていた。


「おお……ありがたいの。我にぴったりのサイズだの」


 カグツチは立ち上がり両手でしっかりと紅石茶を受け取ると熱い液体を噛みしめるようにゆっくりと口に運ぶ。


「うむ。とても美味しいの」

「お口に合ったようでよかったわ……」


 カグツチは食事に無頓着なセキと違いセラの料理やステアの紅石茶等、『食事』に関することに興味を持っているように見える。

 そもそもセキと契約している時点で食事は不要だが竜時代は食事は味わうものではなく、ただ腹を満たすための意味合いが強かったのだろう。

 『味わう』という食事も種々ひとびとの営みを知ったカグツチの楽しみの一つだということが伺える。


「色々なひとを見てきたがやはり『家族』というのは特別なものなんだの」


 カグツチが紅石茶を懸命にすすりながらステアを見上げる。火の代表どころか真祖と言っても過言ではないカグツチは紅石茶の熱さに若干戸惑っている様子だ。


「血が繋がっているかどうかはさほど重要でない。血が繋がっているだけで相手を敬うことも優しさを向けることもせず、家族と宣う者たちもおるがの……」


「カグヤとセキなど血の繋がりなどなくとも家族と呼んで差し支えない関係だったからの……ステアの娘への想いも言葉だけでなく心から案じていることが伝わってくる……だから安心するとよいかの」


 カグツチの言葉に姉の姿を思い出しセキは少しの間天井を見上げる。

 カグツチは飲み終えた器を丁寧に木角卓テーブルに置きステアをじっと見つめ――


「我が契約を結んだ男はそんな想いを無下にできないから……ここまで強くなったんだからの」


 カグツチの言葉にセキは耳を赤くしながら横を向くことしかできずステアは自分を見つめるカグツチへ頬を緩ませてた表情を向けていた。


「無論、我もおるからの。むしろステアが心配をすることはエステルが帰ってきた時、お互い笑って再開できるように無理をしすぎて体を壊すとかしないことかの」

「カグツチありがとう……そしてステアさん、カグツチの言う通りですよ。こんな時間に来たおれたちもおれたちですが、たぶん仕事されていたんですよね……?」


 セキは横目で木角卓テーブルの隅に束ねてあるクエストの書類に視線を向ける。


「あ……こ、困っちゃったな……仕事はね……実は私が自分で言ってちょっと増やしてもらってるんだ……」


 セキとカグツチは口を挟まずに黙って頷く。


「一度、夫と一緒に貯めた貯蓄も底をついちゃってね……仕事もうまく見つからなくて……エステルにも、そして何よりルリちゃんにもすごい負担を強いてしまっていたの。ほんとに情けなくて……そんな時に紹介所のひとがちょっとまとまったお金を貸してくれて、しかも『働き口に困ってるならうちで働いてみるか?』って言ってくれてお世話になったことがきっかけだったの……」


 ステアは悲しさと手を差し伸べてくれたうれしさが混じったような困った表情で経緯を語る。


「しかも後で少しずつでもって返そうとしてたんだけど『もう老い先短いワシらよりも先のある子供に使ってやれ』って言って受け取ってくれなくてね……」


 ステアの言葉からは感謝をしてもしきれないという思いがひしひしと伝わってくる。


「でもあの時手を差し伸べてもらえなかったら、それこそエステルとルリちゃんだって夢を追いかけられたかどうか……だからあの時借りたお金分をしっかり貯めてその時まとめて受け取ってもらおうって思っててね……」


「その話、きっとエステルたちには言ってないんですよね?」


 ステアは少し気まずそうにコクリと頷く。


「『子供たちにお金の相談なんてするもんじゃない』って言われちゃってね……」


 少しうつむきながらステアは言葉を紡ぐ。


「紹介所の方、『ラゴス』さん、『デミス』さん。私は『ラゴお爺さん』と『デミお婆さん』って呼んでいるんだけど二種ふたりとも決して生活が楽なわけじゃないの……」


 さらにステアは心苦しそうに言葉を重ねていく。


「こういう小さな村だからね。ギルドやクエスト発注者からの報酬とは別で一割から三割くらいが紹介所の仲介料としてもらえるんだけど、報酬が高い大きなクエストは『ギータ』やギルドの直営店で受けるひとが多いからね……」


 ステアが気落ちしながら語るもセキは都合がいいかもという思いが胸に芽生えていた。


「だから、ステアさん仕事を増やして二種ふたりの負担を減らそうとしてるってことだったんですね……」

「私は要領がいいほうじゃないから、あまり役に立てていないけど……」


 ステアは木角卓テーブルの隅の書類をため息混じりに見る。


「えっと、じゃあ明日その紹介所連れて行ってもらってもいいですか? 実はおれ、探求士ギルドの登録をしていないのでそこで登録をしておきたいなと、ついでにクエストも見せてもらいたいですし」


 セキが考えていることをカグツチも無言で察しているようだ。


「うむ。それはいいかの。ステアやエステルたちの恩種おんじんも見ておきたいしの」


 セキとカグツチの考えは至って簡単だ。それならここでクエストを受ければいい。『百獣』の討伐クエストを――

 エステルたちがすでに旅立っていることはショックだったが結果として百獣の被害から逃れることができている。ならば後は討伐し報酬はここに置いていけばいい。セキは話がとてもわかりやすく繋がった気がした。


「え、ええ……もちろんそれは構わないけど……」


 ステアは自分の紹介所で登録してくれることは大歓迎だ。だが、南で冒険を続けていたセキが受けるようなクエストは到底紹介できないという思いがあり不安そうな顔で返事をする。


「それじゃ決まりですね」


 セキは不安そうなステアの気持ちを察しふと外を見る素振りを見せながら話をここまでとして切り上げる。


「すっかり話しこんじゃってすいません。ただでさえ夜中に訪ねてきたっていうのに……疲れてるステアさんの負担をこっちがさらに増やしてどうするんだ、と……」


 セキの言葉を受け、はっとするステアだが――


「ううん、とっても驚いたことはたしかだけど……」


 ゆっくりとセキの瞳を見つめ――


「溜め込んでたこともたくさん話すことができたし……むしろぐっすり眠れるわよ」


 そう言いながら残った紅石茶をゆっくりと口に運ぶステアの顔付きはたしかに嘘を言ってるようには見えないものだ。

 ひとに話すことで実質的な負担は変わらなくとも心の負担が軽くなることはある。


「そう言ってもらえると助かります……」


 セキは座ったまま軽くお辞儀をし感謝の言葉をステアに告げる。


「ふふっ……それじゃ今日はうちに泊まってもらえるかしら? うちは狭いからエステルとルリちゃんが使っていた部屋になってしまって申し訳ないけど……」


 ステアがセキに提案をすると。


「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」


 セキは笑顔で冷静な返事をするも女の子の部屋に寝泊まりということに心は歓喜の雄たけびを上げていた――



◇◆

「それじゃここの部屋だからゆっくり休んでね」と案内され、今は旅立ったエステルたちの部屋に通される。


「こ、これが女の子の部屋……!」


 セキは目を見開き部屋を見渡す。机には魔術系の本が積み上がっており、その隣の樹皮紙にはおそらくは二種ふたりで戦闘の打ち合わせをしたであろう位置取りや動きが綴ってある。そして机の壁には『あの日』渡した父の手紙が留めてあった。


「ん~……そりゃ東でのんびりなんてしてられないよな」

「よぉ勉強しとることがわかる部屋だの」

「まぁおれほとんど読めないんだけどね」


 部屋は整理はされていない。あえて旅立った日のままにしているのだろう。何度も読み返したであろう本は擦り切れて所々が破れ掛けクエストで出合った魔獣の詳細を資料だけでなく実体験も含めて細かいメモが記してある。


「はぁぁぁぁぁ……こんな部屋見せられたら下心で物色なんてできないじゃないか……」

「だが、おそらくあそこの棚が下着だの」

「おい」


 深いため息と共にうなだれながら頭をかく。さらにカグツチが指差す棚に心が引かれるセキだがこの部屋から伝わる気持ちと明日の事も考えおとなしく備えることを断腸の思いで決断する。


「おれは寝るぞ!」

「寝るならそんなに気合いを入れる必要ないかの」


 まだ見ぬあの時の約束した少女。十年という歳月は不安を募らせるには十分な時間だった。しかしステアの話を聞いたセキは不思議と心安らいでおりベッドに入り目をゆっくりと閉じると心地よく眠りに落ちていった――

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