第29話 ラゴスの紹介所
「おはよう。長旅で疲れてるでしょうしもっとゆっくりでも大丈夫だったのに」
朝の光と朝食を準備する音で目を覚ましたセキが部屋を出るとステアが声をかける。起きた矢先にステアの顔が飛び込んでくるだけですでに幸せな気分になっているとても燃費のよいセキが返事をする。
「おはようございます! ステアさん早いですね……」
既に
「ふふっ……あの子たちがいた時もこんな感じだったのよ?」
セキの言葉にステアは台所を片付けながら心なしか少しうれしそうに返事をする。そこにカグツチがセキの頭から
「起きたら食事ができているということが……ここまで素晴らしいこととはの……」
カグツチは朝食を前にうれしさに震えている。今までセキは翌日の食い物は翌日に準備すればいいの精神全開だったため、用意されているとすれば干し肉のような保存食が多く、起きてすぐにまともな食事ができているということじたいが稀だった。先日のガサツ家の時は絶望が勝っていたため別の意味で震えていたかもしれないが。
「すいません。ステアさんもこれから仕事なのに手間を増やしてしまって……」
セキが椅子を引きながらステアに向かって謝罪の言葉を口にすると――
「何言ってるの。
ステアが台所を片付け手を拭きながらにこにことセキを見つめる。賑やかな食事は大歓迎だという気持ちがセキにも伝わってくる。
「うむ。ありがたく頂くとするかの」
「そうですか……それじゃ頂きます!」
「はいっ。ど~ぞ召し上がれ」
セキは用意されたサンドイッチに手を伸ばし口元まで持ってくるとかぶりつく。料理が得意なステアなだけあってセキには見ただけではソースの味が想像できるものではなかった。
「これはソースが辛いのかの……? 肉と野菜にとても合ってるのぉ……」
「うん! とっても美味しいです」
カグツチサイズで用意された指先ほどのサンドイッチを両手で持ちながら口いっぱいに頬張っている。とても気に入っている様子が伺える。というか今度は美味さに震えている。
「ふふっ……あの子たちも好きだったのよ」
「うむ……美味かったの……うむ……ほんとに美味いの……」
あっという間に平らげたカグツチ、口の回りのソースを震える舌で拭いながら黒石茶を両手で抱え感想を口にする。もちろん抱えている黒石茶はカグツチの震えから波紋が止め処なく広がっていた。感動するにも程がある。
「カグツチ様にも気に入ってもらえたなら何よりです」
まだ食事をしているステアは口元を片手で隠しながら笑顔でカグツチへ返事をする。
「うん……肉ばっかりじゃないから重すぎず朝食にぴったりでした。ありがとうございます」
「ふふっ……セキくんもしっかり食べてくれてうれしいわ」
続けて食べ終え黒石茶を片手に一息をつく。ガサツ家の時といい最近はゆっくり食事をする日が増えてきたな、とセキは実感していた――
朝食後の穏やかな一時を終え仕事の準備を始めるステアに合わせてセキも出掛ける準備を行い始める。
「それじゃ、準備はいいかしら?」
夜中に書いていた書類の束を抱え準備を終えたステアがセキに声をかける。
「ええ、大丈夫です。行きましょう!」
カグツチは既にセキの頭の上に登っておりステアの後に続いて家を出る。
日差しが眩しく青空がとても清々しい。だが、昨日セキとカグツチが感じた通り家の回りの廃れ具合も夜中よりも一層はっきりと感じられてしまう。
「東通りのほうだからここからそんなに遠い場所じゃないわ。道あまり舗装されてないから気をつけてね……」
ステアは少し気まずそうに
しばらく歩いていると道が舗装され、レンガ造りの建物等が目につくようになってきた。
「お? あれかの?」
セキの頭の上からカグツチが立派な建物に目を向ける。クエスト紹介所は受注所と報告所、換金所に加えて酒場も併設されていることが多く、そこでまずは戦果を語り合うことも多い。そうすると必然的に建物も大きくなり探求士の出入りも増えるため
「あ、あれもたしかに紹介所なんですけど、あれはギルド直営の紹介所なんです……」
ステアがカグツチの言葉に返事をする。
「私が働いてるのは、
「おぉ……なるほどの」
こう立地のいい場所にあると、ふと立ち寄った探求士はこっちに寄ってしまうのかな、とセキは建物を遠巻きに眺めている。
「そこの路地を入った所にあるわ」
先ほどの直営の紹介所が見えた場所からしばらく歩き細めの路地を入る。その先に家が見えた。先ほどの紹介所の規模と比べると四分の一にも満たない大きさだ。
「ん? 半分は普通の家みたいな感じに見えますね?」
セキが疑問を口にすると――
「ええ、家の半分を改築して紹介所にしているの」
その疑問にステアが答える。
「元々は息子さん夫婦も手伝っていたらしいんだけど……」
ステアが言いにくそうにしている様子から察するセキ。おそらく魔獣等の被害にあったのだろう。
「おやぁ……ステアさん今日も早いねぇ……」
そこに家の前を掃除していた高齢の女性が声をかけてくる。
「あ、デミお婆さん。おはようございます!」
「はい、おはよう。いつも朝早くから夜遅くまで助かるよ……」
ステアの挨拶に感謝の言葉を返している。七十歳ほどのとても落ち着いた年の取り方をしていることが伺える。
「おや、そちらの方たちは……?」
デミスはステアの後をついて歩くセキに視線を向ける。
「どうも初めまして。昔ステアさんたちにお世話になっていた者でセキと言います」
セキは頭のカグツチをそっとしまいながら挨拶をする。
「久しぶりに会いにきてそのついでに紹介所で探求士ギルドの登録をさせてもらいたくてお邪魔させてもらいました」
セキの言葉を受けデミスはなるほど。と言った顔をするが同時に少し困った表情を見せている。
「こっちを選んでくれるのはありがたいけど……」
デミスは困った表情のまま掃除の手を止めている。
「ここにくるまでに大きい紹介所もあっただろう……?」
先ほどみた建物のことデミスが言っていることはセキにも理解できた。
「あっちはギルドの直営だからこっちより何かと便利だと思うけど、いいのかい……? 登録手数料とかも変わってくるしねぇ……」
困ったステアに手を差し伸べたのはたしかにこの
「ああ、まだまだヒヨっ子なのでそういうのは後で考えますよ!」
セキは困った表情のデミスを見ながらはきはきと答える。
「それに報告するならステアさんみたいな綺麗な
セキが満面の笑みを以ってデミスに告げると――
「ふふふっ……それはたしかにその通りだねぇ……男らしくてうれしくなるねぇ……」
「もうっ……セキくんったら……」
デミスに笑顔が戻るとその隣でステアが顔を赤くしている。
「それならありがたくうちで受付をさせてもらおうかね……」
そういうとデミスは自宅側ではなく紹介所として改築している側の入口へと歩きだす。
「セキくん、私はちょっと書類を保管庫に入れてくるからデミお婆さんに付いていってもらえる?」
ステアの言葉にセキは頷きデミスの後をついていく。扉を潜ると左手側は酒場スペース、右手側には事務系の
「お? 見ない顔のにーちゃんだな! 別の街から流れてきたのかい? それともルーキーさんかい?」
セキが紹介所に足を踏み入れると酒場スペースの探求士が気さくに歓迎の声をかけてくる。四十歳前後に見え年季の入った軽装の鎧を着ていた。
「いやーまだギルド登録もしていないヒヨッ子なものでここで登録させてもらおうかと!」
「ははっ! なるほどね~! 直営じゃなくてこっちを選ぶとはにーちゃんも変わってるね~!」
悪意のある雰囲気ではなく常連ならではの言い回しにここでの冒険が長いことが伺える。
「おいおい……せっかく来てくれたルーキーさんに絡むもんじゃないよ」
「そうですよぉ……なかなか新規の方なんていらしてくれないんですからねぇ……」
右手の
「おっとラゴ爺さんに叱られちまった! 悪気はなかったんだがな~」
「あははっ。いえいえ……おかげで緊張が解れたかと」
探求士たちに軽く会釈をするとカウンターにいるラゴスの元へ歩を進めるセキ。
「お爺さんこの子ステアさんの紹介で――」
「セキと言います。ギルド登録をしておこうかと思いまして。よろしくお願いします」
セキが
「うちのほうで登録してくれるなんてありがたい……こちらこそよろしく。でも大丈夫かい? 手数料回りは聞いてるだろうけど、登録した紹介所は各探求士たちの
「えっと、おれの村はそういうのがないので……それと
「
素朴な質問に丁寧に回答するラゴスだが説明を続けるにつれ落ち込む様子が見てとれる。
「後は登録探求士や星団への直接の依頼はその
説明の最後に自身を犠牲にしたオチをしっかり付けるラゴス。聞いてる分にはとても楽しいとセキは不謹慎ながら考えている。
「ステアさんのところのエステルちゃんとルリーテちゃんは中央から南を目指してるにも拘らず、うちを
「ここで登録お願いします」
セキはラゴスが言い終える前に登録のお願いと共にスッと手を伸ばす。ラゴスはカウンターから手を伸ばしがっちりと握手を交わす。セキの瞳には一切の曇りはなく日光石の輝きがその瞳に宿っていた。
「ありがたいねぇ……それじゃ早速手続きのほうをやっておくかい?」
ラゴスの言葉を受け。
「ええ、お願いします! それと一応これ……」
セキは返事をしながらブラウたちからもらった紹介状を差し出す。ラゴスは丸まった紹介状を器用に広げると――
「おお……
その言葉を聞いた酒場の探求士たちは「すぐに俺たちもあがってやるぜ~!」と笑っている。
「うん。これなら登録に関するクエストは免除で問題ないだろうが、探求士
「ぜひお願いします!」
ラゴスの問いにセキは間髪入れずに返事をする。
「えっと、難しいものではないからねぇ……」
ラゴスはカウンターに備え付けてある棚から一枚の樹皮紙を取り出すとセキの前で広げる。ちなみにセキは
「基本的に
ラゴスは樹皮紙に示された級数値を指差しながら補足を加えていく。
「同じ級だとしても魔獣狩りを主体にしている探求士、護衛等を主体にしている探求士だと強さの質も変わってきたりするね」
セキはカウンターに肘をつき樹皮紙を凝視しながらラゴスの説明に集中している。
「えっと……貢献をするとあがっていくからその貢献方法が退治なのか護衛なのかってことですかね?」
「うんうん、その通り。後は魔術や回復薬……いわゆる薬学を研究して、より優れた術や薬を生み出したりすることも貢献とみなされるね」
真剣に説明を聞くセキにラゴスは落ち着いた口調で説明を続けていく。
「だから同じ級だからと言って強さも同じとは限らない。そこらへんは注意しておくといいだろう……」
(なるほど……あくまでも総合的なものだから強さだけじゃないってことか……)
「うちの紹介所はまぁほぼ
ラゴスが笑いながら付け加えると酒場の探求士たちもつられて笑っている。
「それに
「ん~それはどうしてなんでしょう?」
セキが問いかけると――
「紹介所によって紹介しているクエストが異なってくるんだ……」
セキがさらに疑問を深めた顔をしているとラゴスは言葉を続ける。
「うちのように
セキはなるほど。という表情で頷く。
「だから
「そういうことだったんですね……」
強い探求士がくるならば個々で依頼の仲介がありさらに見合ったクエストを発注されることが多くなる。それは結果的に紹介所じたいも潤っていく。良い評判の紹介所が近くにいるとそれはこういう小さな紹介所には大打撃になることをセキは理解した。
「しかも直営のほうが手数料関係も優遇されているからねぇ……うちは
「ふむ……話はわかりましたが、ここにくる探求士の
セキはラゴスに問いかけたが酒場の探求士たちが答えてくれる。
「い~や! 俺たちはここだけだね!」
「さすが常連って感じの心強い言葉……やっぱりギルド直営があったとしても地元の店を盛り上げていくためにこっちに来るってことですね!」
「いや、ステアさんに報告して褒めてもらいたい」
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