第260話 祝火

「エステル――ッ!!」


 聞き慣れた、安堵をもたらす声がエステルの耳に届いた。


「……セキ。……また助けられちゃったけど……諦めなかったよ」


「ああ。今の状況を見ればよ~く分かる。そして今はまだ寄りかかってくれればいいって言ったでしょ……?」


「なかなか厳しい状況だったようだの……よぉ諦めずに抗ったの」


 洞窟の外の唸り声はすでにない。

 隣に膝をついたセキへエステルはもたれかかることが精一杯だ。

 エステルにとって、極限とも言えるほどに張り詰めていた糸が今途切れたのだ。


「魔獣が……次々に……わたし――」


 少しでも状況をセキに伝えようとまどろむ意識を必死に繋ぎとめるエステル。

 だが、セキは頭に手を置き、


「……――もう心配いらないよ」


 微笑みを向けた。


「……うん……ほんのちょっとの時間なのに……」


「大丈夫。目が覚めたらみんなのところだから……まだ不安……?」


 セキの言葉にエステルは微笑を浮かべながら首を振ると、ゆっくりと目を閉じた。


「懐かしい場所かの?」


「正直実感はないかな……洞窟だし……でも、ここにエステルが逃げ込むなんてなぁ……」


 セキとカグツチは薄暗い洞窟の中を見回す。その視線は過去を探るように遠くを見据えているようにも見えた。


「まぁお前と出会う前どころか十年以上も前だからな……ここで死に物狂いで生活してたのは……」


「ふむ。だが、お主と共にあやつらもここにおったんだの。だから強烈な残り香で外の魔獣どもは怯えたんだろうしの」


「力を受け継いだ子供状態だったけどね。今は面影が出て来たけど最初は子犬程度の大きさだったし……」


 すでにエステルを腕に抱えたセキに焦りはなかった。

 手持ちの包帯と拾った枝でエステルの潰された足を固定しつつも、カグツチとの談笑に緊張の色は見えない。


「ここを出る頃にはたしかに外にいたやつらは平気で蹴散らせる力をもってたからな。そっか……それで今回間に合ったのか……」


 セキは過去を振り返るように壁を触り感触を確かめた。

 そしてエステルの側に漂うに目を向けた。


「災い転じて――というやつかの?」


「どれだけ必死に抗ったのかが伝わってくるだけど……伝えるのは落ち着いてからかな」


 エステルの側を離れようとしない光の粒は、セキやカグツチの目から見れば何者なのか一目瞭然でもあった。


「エステルの実力でこの環境なら死に物狂いだからの。ぎりぎりの命の輝きが呼びかけになったのかの。ちなみにいつから気がついとったんだの?」


「おれが襲の討伐から帰った後くらいから兆しは見えてたかな。もともとずっと一緒に育ったんだし、まさにエステルの頑張りの証明って感じだね」


 エステルを背負いセキが立ち上がる。


「なるほどの……では祝杯というところかの?」


「いや……杯はみんなと一緒に掲げればいいよ」


 一歩また一歩と入口へ歩みを進めていく。


「だから……盛大に祝うならまずは火を灯さないと――」


 そして踏み出した外に待ち受けていたのは、エステルの匂いに釣られてきた魔獣の群れだった。

 ところどころで小競り合いという名の殺戮さえ起っている状況にセキは静かに視線を這わせていった。


「唸り声から伝わる気迫は認めるけどここでゆっくりしてる時間はねーんだ……」


 セキの瞳が目の前で唸る魔獣以上に獣のそれと化していく。


「お前らごときが……この火を拝めることを光栄に思うといいかの」


 魔獣の群れへ吐き捨てるように呟くと、カグツチはゆっくりと立ち上がる。


 それでも魔獣の群れは『引く』という意識を浮かべることはない。


 そして――

 滅多にお目にかかれないひとというご馳走に向かい、本能のままに咆哮と共に飛び掛かった。


「――〈始まりの火を灯せ〉」

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