第196話 格別に美味い酒

「呼び掛けは……ダメだったの……?」


 背中越しにエステルがを行った。


 ――もう手遅れだ。

 喉元までせり上がった言葉をグレッグが飲み込んだ。

 決定を委ねられたことは重々承知している。


 ――それでもなお、縋りつきたいという思いは我儘だろうか。

 喉を震わせることができぬままに視線を地に落とした。

 

 ルリーテは構えた弓をテノンに向けたまま沈黙を守り。

 エディットもそれに習ったままテノンの一挙手一投足に意識を集中している。


「でも……それでも……グレッグさんは信じたいんだよね」


 テノンを見据えたままに呟いたエステルの覚悟。

 耳に届いた思いがけない声。

 反射的にグレッグは顔を上げた。


「エステル……お前……」


「『気持ちは分かるよ』なんて軽々しく言えない。でも……――もしも……もしも仲間が同じ状況になったら、わたしはみっともなくても……泥臭くても……前例がなくても……――」


 徽杖を握る手が白みを帯びる。

 気持ちに寄り添うことはとても難しいことを実体験で知っている。

 だからエステルは寄り添うよりも自身の身に置き換えた。

 ――自身ならどのような行動を取りうるか。

 ――自身ならどのような気持ちで向かい合うのか。

 ――自身なら……諦めるのか――と。


「グレッグさんとテノンさんが本当に仲間だったなら……と、好意的に捉えるなら……きっとテノンさんはそんな自分を倒してほしいと願うんでしょうかね」


 そこへ沈黙を守っていたエディットが力強く割入った。


「でも、ふざけるな! ですよね。自分の都合ばかり押し付けて……『仲間だからこそ気持ちを汲んでせめてお前の手で』な~んて……」


 エディットの脳裏に浮かんでいる種物じんぶつを、グレッグは捉えることができない。


「そもそもグレッグさんをご自分だけで戦い抜くという勝手な決断をしたのはテノンさんなのですから」


 理解したとしても納得できるか、と問われればエディットは否を突き付けるだろう。

 仲間だからこそ巻き込みたくなかった。

 仲間だからこそ巻き込んで欲しかった。


 そんな選択に己が答えを持っているからこそ、エディットは今、憤っているのだ。


「『迷惑を掛ける。でも……一緒に戦ってくれ!』って……なんで言えないのか……あたしには理解できないんですよ――ッ!!」


「エディット……オレ……は……オレは……!!」


 グレッグの瞳に光が差した。

 それは決断した者だけに宿るたしかな光だ。


「今、テノン様が悪いばかりになっていますが……グレッグ様も他種事たにんごとではない、と自覚していらっしゃいますか?」


 不意に告げられた心当たりを探らせる一言。

 ルリーテが背を向けたままでありながらも、意識がグレッグ自身に向けられていることをはっきりと感じ取ることができた。


を置いていかれたばかりなので、さすがに忘れているなんてことはないと思っていますが……なので、後で長めのお話をさせて頂きますので……」


「ルリーテ……」


 突き放すようなルリーテの声。

 それは言葉だけであり、声色トーンもその背中から滲み出る雰囲気も言葉とは真逆の態度を示していた。


「才能や技術や経験に自信は持てない……けど。根気だけなら負けないよ……!!」


三種さんにんとも……すまねえ。テノンあいつはどーも照れ屋でなかなか出てこねーみてえだ……だから、目を覚ますまでちょっとオレに付き合ってくれ!! 礼は……格別に美味いうめー酒をオゴるからよっ!!」


 美談を求める者ならこう言うだろう。

 ――せめて俺の手で。


 経験を積み上げた者が見ればこう言うだろう。

 ――無駄なことだと。


 いずれにも該当することのない彼女たちはこう言った。


「果実多めのお酒がいいな!」


「酔わせた所で誤魔化すことはできませんけどね」


「あたしお肉のほうがいいです」

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