第197話 孤独の決断

「こいつら――森を抜けても追ってくるな!!」


「ムキになってるさね! せめて私らだけでも――ってね!」


 ドライとキーマは峡谷地帯とは正反対に森を抜け、岩場だらけの岩石地帯に飛び込んでいた。

 真新しい鎧に数多の爪跡を刻み、武器を振るう腕から血が飛び散る。

 それでも表情に影を落とすことなく、未だ迫りくる猿たちを迎撃していた。


『ギィ……キィィィィ!!!』


 そこへ漆黒の毛を携えた個体が岩場の上へ躍り出る。


「あいつが群れのボスか!! ここまで統率が取れてる以上、睨んでいた通りの深淵種アビス個体だな……!」


「ボスの周りのやつらも深淵種アビスではないとは言え、他とは大きさが違う……これは油断できないねぇ……!」




 そこへさらに舞い降りた影があった。

 舞い降りた白い影を中心に束の間の静寂が訪れる。


 その影を見たドライとキーマは目を見開き。

 猿たちは余すことなく牙を剥き出しにする――と同時に、ぽろり、と深淵種アビスの首が転がり落ちた。


 首が岩に落ちた音を皮切りに、半狂乱で次々と飛び掛かる猿たちであったが、


「〈爆振の下位炎魔術ダムド・ファルス〉」


 男は歯牙にもかけない様子で詩を詠んだ。


 拳大の火球が猿の胸元へ撃ち込まれ、下位魔術とは思えぬ業火を巻き上げる。

 囲んだ猿たちが呆然と見上げる中、感傷に耽る刻さえ許さぬように、大気が悲鳴を上げるかのような音を立てて爆ぜた。


 だが、それだけで終わることはない。

 ――炎の渦を銀の剣尖が縦横無尽に跳ねる。


 刻まれた己の血でその白き衣を汚すことすら叶わず、飛び掛かった全ての個体が


 両断された者――

 その身を焼かれた者――

 原型すら残らず爆ぜた者――


 と、手段が違えど等しく生に別れを告げることとなっていた。


「深手はなさそうですね。良い立ち回りでした」


 血に塗れた剣を振るいながらドライたちに顔を向ける。

 その男は。


「い……イースレスさ……ま?」


 状況を飲み込めぬままにその立ち姿に見惚れるキーマ。

 イースレスは僅かに口角を上げて答えた。


巡回していたところです。私が手を出すまでもなく大丈夫だったとは思っていますが……」


「――い、いえ! そんな……たっ助かりました!」


 ここまで巡回するものなのか――

 そんな疑問を浮かべるほどの冷静さを今のドライたちに求めるのは酷であろう。


 ドライは直立不動の姿勢で応対すると、イースレスはその姿に軽く指先を唇に寄せ肩を揺らした。


「ですが……浅いと言えるほどでもない。街に行って治療をお勧めします」


 有無を言わせぬ微笑を纏い告げられた言葉に大きく、そして何度も頷く二種ふたり


「は……はい! そ……そうします!」


「あり……ありがとうございました!!」


 ゆるりと語らう気配を許さぬイースレスらしからぬやりとり。

 そんな違和感を感じる余裕をドライたちが持てるはずもなく、何度も振り向いては頭を下げつつ、街へ向かいだす。


「驚いたぁぁぁ……でも、これで安心か……俺たちが無事に戻らないとエステルにも𠮟られるだろうし……」


「そうさね。おかげで眼福ものの出来事も体験できたし……あとはあの子らが……どういう決断を下すのか……さね」


 足を引きずる様子もなく、比較的軽快に駆けるドライたちの姿を見て、安堵の吐息を漏らすイースレスだが。



一安心ひとあんしん――とは言えませんね……」


 改めてを見据えた目は、温もりや優しさが全て抜け落ちていた。


(極獣そうとうの魔力……それも二匹……か……この地に向かっている気配だったが……)


 魔力を探りながら思考に耽る。

 足元で転がる物言わぬ猿たちの亡骸へ軽く瞼を下ろすと、岩場の高所から飛び降りた。


(せめて足止めと思っていたが……私の魔力を感じ取っている……のか? 距離が……だが、こんな怪物を見逃すわけには……)


 西の峡谷地帯へ視線を移す。

 すでに普段の涼し気な顔付きを忘れ、苦汁をその端正な顔に浮かべた。


も……安全とは言い難い……パウラたちを一時的とは言え戻らせるべきではなかったか……私の落ち度だ……)


 思考の渦を加速させるも、現状打破という光の兆しが差し込む余地を見出せないままである。


(明らかにどちらも相手の魔力が上……だが――)


 静かに東へ視線を戻す。

 しかし、改め直したところで歯を軋ませる力に拍車がかかるだけだった。


(この街が……いや下手すれば国が亡ぶほどの魔力を野放しにはできない……少々……ではないな。全てを賭ける必要がある……か)


 レルヴ周辺に配置したプリフィックとしての現状戦力を振り返るも、フィルレイア。そしてアロルドもいない以上、このクラスに太刀打ちできる可能性を見出せる者はいない。


(ジャルーガルには告げても無駄だろう……ギルド本部の戦力に期待をする必要がある……守護精霊を使えれば……――だが、まずはこの魔力を見失うわけにはいかない――ッ!!)


 岩場を舞う砂埃だけが見守る中、一種ひとりの男が決意の炎を瞳に宿し、その場を後にした。


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