第189話 休息日のエステル その15

「それじゃーまたお互い落ち着いたらゆっくりとっ! みんなにもよろしくと!」


「ルリとエディにもよろしく言っておいてほしいさね~!」


「うんっ! 次はどこでばったり出会えるか楽しみかも! ドライさんとキーマさんも頑張ってね!」


 別れ際、互いを振り返り、手を振りながら歩を進める。


 夜光石が優しい光で地上を照らす時間帯。

 街行く種々ひとびとの喧騒も落ち着き、赤い顔でふらふらと覚束ない足取りの者も多々見受けられた。

 

 食事兼再会を祝したささやかな飲み会のはずが、時間を忘れ大いに盛り上がる酒盛りを過ごすこととなっていた。


(思わぬ再会だったけど……ふふっ。楽しかったなぁ……ルリとエディにも教えてあげなきゃっ!)


 ほろ酔いの上に浮かれ気分で歩くエステルは、自身が背負う巨大な荷の重さも忘れ、ひと通りもまばらな路地を進んでいく。


(う~ん……書庫にこのまま行こうか……いや、一度ゆっくり宿に戻っておこうか……)


 酔いの回る頭で考えるもいまいちまとまる気配がない。

 だが、足は着実に宿に向いていた。

 そんな折、通りに出た所、見知った相手が食事処から出てきた。

 そう――グレッグと鉢合わせとなったのだ。


「あーっ! いた!」


 酔いの勢いもあり少々大袈裟な声をあげるエステル。


「――おぉ? どうした!」


 エステルの声に肩を跳ねさせたグレッグ。

 だが、ほんのり頬を染めた顔を見ると腑に落ちた様子であった。


「どうしたじゃないよー! 紹介所に聞いても教えてもらえなくてー! 探して――ううん……探すまではしてないけど……」


「お……おぉ。よく分からんが、オレに用があったっぽいことは伝わってきたぞ。遠慮せずに用件を言ってくれ」


 戸惑いながらも、酔っ払いの相手はお手の物、と言わんばかりに掌を返し両腕を広げアピールしている。


「うん……でもちょっとちゃんと話をしたい……冷たいお水飲めるとこに……」


「あ~……それならそこの路地の店でいいか? カウンターだけのこじんまりとした店だが融通は効くし静かだぞ。軽食くらいなら出してくれるが、その様子だと食いモンは足りてそうだしな」


 グレッグが親指で示す路地にほんのりと明かりが灯り、扉の前に配置されたブラックボードが照らされていた。

 エステルは無言でこくこくと数度頷くとグレッグの後に続いた。


 重々しい扉を開けると店内に客はおらず、店主と思われる種物じんぶつ一種ひとりカウンター内でグラスを磨いていた。


「よ~……いらっしゃい。見ての通りだ。好きな席に座りな」


 お互いに顔見知りなのか、慣れた様子で迎える店主。

 軽く手を上げ奥へ歩くグレッグ。


「オレは外のボードに書いてあった今日のお勧めってやつを。――で、こっちには大ジョッキでキンキンに冷えた水を」


 エステルを端の座席へ座らせその手前にグレッグが腰を下ろす。

 すると一息つく間もなく、店主が両手に持ったグラスをそれぞれの前に置いた。


「ごゆっくり――」


 やや距離を取り再度グラスを磨き始める店主。

 そしてエステルは出された水を勢いよく飲み干した。


「ぷはっ……あ~……落ち着いた……」


「そりゃ~よかった。それで本題には入れそうか?」


 大ジョッキを台に置いたエステルに横目を向けながら、グラスに口をつける。


「――あ……うん。あ――すみません。何かお勧めで軽めのやつを……」


 店主は微笑と共に無言で頷くと新しいグラスを手に取った。


「どこから話せばいいのか分からないんだけど……まず伝えないとって思って……幻域種ティティスのこと」


 グラスを傾けていた手が止まる。

 二種ふたりの間に流れる空気が、やや緊張を帯びる。

 そこへ本題に入る前の僅かな隙間に、店主がエステルの前へ新しいグラスを静かに置いた。


「突然言われて驚くかもだけど……わたしも聞いたばかりだけど……信じていいと思う」


 エステルがグラスに落としていた視線をグレッグへ向ける。


「ああ……。どんな情報でも今のオレにはありがてえ。ぜひ……――聞かせてくれ」


 エステルの瞳を真っすぐに見据え、グレッグはゆっくりと頷いた。

 千幻樹の果実などの行方は意図的に省き、たまたま知り合った幻域種ティティスに聞いた。というていを貫く。

 千幻樹の件も酒の肴にするような話ではないため、語るにせよ仲間パーティの面々の瞳を見据えながら話したいと考えていたためである。


 グレッグは時折、グラスを握る手に力がこもる仕草も見受けられたことはたしかだ。

 だが、エステルの話を切るような素振りを見せることはなく、ただ黙って相槌を打ち続けていた――

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