第190話 休息日のエステル その16
「そう……だったのか……」
エステルが受け取った情報を余すことなく伝えきった時、グレッグは氷だけが残ったグラスへ虚ろな瞳を向けていた。
「あいつ……――テノンもそういうことを積極的に告げるような性格じゃなかったからなぁ……
「どこまでが本当かグレッグさんも手探りだと思う。でも――」
念を押すようにエステルが隣に視線を向けた時、
「いや……信憑性は高い……な。オレとあいつの数少ない約束事の中に納得できる理由がある」
グレッグは懐から取り出した
心を決めたように多量の煙を吐き出した。
「『死んだ時は土葬じゃなくて火葬してくれ』ってな。定住地を持たないオレたちだからな。下手な場所に埋めて亡骸を獣に掘り起こされたりすることを気にしてるのかと思って深掘りはしなかったが……今の話と合わせれば納得できる」
「で、でもまだそうと決まったわけじゃ――」
「ああ。もちろんオレもそのつもりだ。だが……まぁ遺し詩の一つでも用意しとけば何か分かったかもしれねーが……意識はしても自分たちに降りかかる――なんて思ってもいなかったんだよな……」
死が当たり前のように蔓延る大陸。
――にも関わらず、誰しもが対岸の火事のように考えている。
自分は――
身内は――
仲間は――
楽観的に除外していたという安易な思いがグレッグ自身を焦がしていく。
そんな姿を隣で見つめるエステルもまた、身につまされる部分が多いことを認めざるを得なかった。
「あの……グレッグさん」
俯き気味だったグレッグがゆっくりと顔を向けた。
「傷の都合もあるけど……もう一度あの場所付近を探してみませんか?」
エステルの提案に瞬きを繰り返す。
自身からすれば願ってもないことだが、
「あ、いや、そりゃーありがてえ話だ。だが……いい……のか?」
思わず聞き返すも、それがあまり意味を成さないことをグレッグは理解していた。
エステルの瞳がブレることなく、真っすぐに。
グレッグの心と向き合うように向けられていたからだ。
「もちろんっ! ここまで話を聞いちゃったんだから付き合うよ!」
グレッグは向けられた屈託のない笑みに思わず口角を上げ、
「ああ。すまねえが……よろしく頼む!」
体ごとエステルへ向け、深々と頭を下げた。
「うんっ! それじゃー話を詰めておこう! あ、それと宿がどこかとか、あと……――」
次から次へと話が溢れ出す。
グレッグが
テノンと語り明かした過去を思い出すほどに、エステルの表情は輝いていた。
店主は時間を忘れ没頭する
扉にかかる古ぼけたプレートをそっと『close』にしていた。
◇◆
「――ということで、今日の探索場所は北西方面になります! と言っても一日で目途が立つなんて甘い考えはしていません! なのでグレッグさんとは期間契約で臨時パーティに参加してもらう形になりました!」
彼女たちが決めた休養明けの日を迎えていた。
結果としてエステルは書庫へ足を運ぶことはなかった。
グレッグへ詳細を伝え、宿へ戻った残りの期間を次へ向かうであろう場所、グレッグとテノンが最後に会った峡谷を焦点に準備を進めることとしていたのだ。
現地に足を運ぶことはなかったが、実際にグレッグがテノンを最後に見た場所を地図で確認しつつ、周辺の地形を頭に叩き込んでいた。
「考えられる準備はしたつもりです。エステル様が出会ったという
「エステルさんの能力もありますし、あながち的外れになることもないでしょうっ。後は出会えるか……ですね。エステルさんが聞いた話ですと、あれからもグレッグさんは足繫く通いはしていても見つけられていないようですので……」
エステルはルリーテとエディットにもグレッグ同様の説明。そしてグレッグとの会話内容を伝えていた。
だが、千幻樹の果実のこと。イースレスとも出会っていること。この二点については特に触れていない。
語る時は
すなわちセキも居る時と決めていたからである。
イースレスとの出会いは説明すれば千幻樹の件に触れる確率を高めるだけのため、同じタイミングで告げたいという思い、そして気恥ずかしさも少々あり、同じく保留としていた。
「よ~し! それじゃ広場に行こう!」
エステルの号令で動き出した一同は、約束を交わした一本樹へ向かった。
まだ朝の早い時間ではあるものの、何組かのパーティが紹介所からクエストへ向かう姿も見受けられた。
明確な時刻を指定していたわけではない。
だが……数時間待つも、グレッグがその場に姿を現すことはなかった。
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