第191話 約束の行方

「少々……いえ。とても気掛かりですね。約束を平気で破るようには……」


 一本樹から動き紹介所の中へ向かうルリーテとエディット。

 エステルはグレッグが宿泊しているという宿に向け走っている最中である。


「受付の方から何か聞けるといいのですが……紹介所の雰囲気もあまり変わりはなさそうですし……」


 そう言いながらもエディットは周囲の声に耳を傾けていた。

 日光石が輝きを増す時間帯ということもあり、そこかしこでクエストや周辺の情報が賑やかしの一役を買っていた。


「いや~きつかったぜ~深淵種アビスが三匹。こっちも万全だったからなんとかなったけどよ~――」


「聞いたか? ブロージェ国の話。どうやら生き残った王族が国を再建するってんで、騎士団や星団に声を掛けてるらしいぜ。最初に乗っとけばかなり優遇されるって噂だ――」


「メンバーは集まりそうか? 百獣討伐隊では今回は厳しいかもしれん。紹介所を介してギルド本部に掛け合うことも視野にいれよう――」


 様々な情報が飛び交うもエディットの望む答えは見つからない。

 そうこうしているうちにルリーテが紹介所の受付にグレッグの行方を問うも、答えは『分からない』とのことだった。


「ルリさん。酒場のほうへ行ってみませんか? 情報と言えば酒場で集めるのが一番ですっ」


 肩を落とすルリーテへ次なる行動を促した。

 口を噤んだままに頷いたルリーテと共にエディットは酒場の扉を潜り抜ける。

 すると、タイミング悪く団体の探求士が次々と出ていく所だった。

 黙って見送ると酒場には一種ひとりとして探求士が残っておらず、食器を下げている給仕ウェイトレスが居るだけだった。


「おぉ……誰もいないって初めて見ました……」


「居ないものは仕方ありません。エステル様が戻ってくるのを待って次の行動に移りましょう」


 啞然とした表情を酒場へ向けるエディット。

 ルリーテも浅い嘆息をつき、踵を返した時だった。


「――あ、今しがた討伐隊は出ていかれてしまいましたが、応募者の方でしょうか?」


 酒場の入口で佇んでいた二種ふたり給仕ウェイトレスが声を掛けた。


「いえ、どのような募集かは存じませんがそうではありませんね」


「ちなみにどんな募集だったのですかっ?」


 振り返り様にルリーテが首を振ると、エディットが問いかけた。


「そうでしたか。失礼いたしました……」


 ルリーテの言葉に慎ましく頭を下げた給仕ウェイトレスは、続けてエディットに視線を送った。


「昨日のことになりますが……新種しんじん探求士の方が、どうやら……禍獣と思われる魔獣と遭遇したと報告があったのです」


「ますます物騒になりますね……いえ、討伐隊が組まれたならしばらく様子を見るのがよいのでしょうが……」


 不安を示すようにルリーテは唇に指の腹を圧し当てた。


新種しんじんの方々だったので情報の精度は高い――とは言えません。ひとと見間違えた可能性もあります。ひとの形には見えたものの、『あし』が多すぎたとも……」


「――ということは襲われたわけではないのですねっ。それなら少し安心かもですっ」


「ですが……いくらなんでも魔獣とひとを間違えるということは考えにくいのではないでしょうか? その足というのも討伐後の素材かもしれませんし」


 楽観的なエディットとは裏腹にルリーテが訝しげに瞳を向けた。

 自身もまだ慣れたとは言い難いが、怖いと思っているからこそ、木々や影が魔獣に見える。そんなことを思い描いていた。


「ええ。仰る通りですが、魔獣が魔獣なので……大事をとって――ということですね。先ほど出ていかれた方々も遠距離索敵中心だったので」


「えと~……その魔獣って……何がでたのですか?」


 現状自分たちに必要な情報は手に入らない。

 そんな思いの中、エディットが給仕ウェイトレスへ問いかけた。

 今の自分たちの実力で討伐は叶うはずもない魔獣。

 あくまでも警戒を行う上での気軽な問いかけとなるはずだった。


 だが。

 探し物とは……諦めた後に鈍い輝きを醸し出すものだ。


 給仕ウェイトレスは、確定的な情報ではない、と前置きをしながら放った言葉は二種ふたりの鼓動は瞬く間に跳ね上がった。


「『動種混獣ライカンスロープ』です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る