第192話 全力追走

「ルリ! ここから魔獣の数が多くなる! 速度よりも警戒中心で行こう!」


 エステルを含めた三名がレルヴの街を出てすでに数時間が経過していた。

 向かう先は北西の峡谷地帯。


「はい――ですが……すでに探索隊の方も通ったように思えますね」


 疾走しながらも、所々に点在する戦闘の跡をルリーテは見逃さなかった。

 的確に魔術を叩き込んでいるのか、混戦を示すような周囲への被害も見受けられない。

 遠距離探索中心のパーティということもあり、奇襲はもちろんのこと接敵に対して迅速な討伐を行っていることが伺えた。


「森に囲まれた峡谷なので、索敵に関してはあたしたちが不利ですね……ですが、逆にグレッグさんも同じように見つけ出すのに苦戦はするはずですっ」

『チピ~……チププッチプチプ!』


 エディットに何やらチピが物申すように頭の上で騒ぎだす。

 だが、現状、三者共に構う余裕を持ち合わせてはいなかった。


「うん。宿のひとの話だと昨日の夕方に帰ってきて急いで支度をして出て行ったっきりみたい。だから……わたしたちの思い過ごしながらそれでいい。でも……グレッグさんが『動種混獣ライカンスロープ』をテノンさんだと思って向かったなら……放っておけない――ッ!」


 エステルは関わったひとのために動くことに躊躇しない。

 それは自身が白霧病の感染者キャリアとして、関わった種々ひとびとに距離を置かれていくことの寂しさを知っているからこその行動なのかもしれない。


 傍から見れば行き過ぎた行為にも映る行動。

 ――であるにも関わらず、ルリーテとエディットはすでに自然と受け止め走り出していた。


「それとエステル様が聞いてきたように……まだ生きていらっしゃるなら問題ありません。それに……『動種混獣ライカンスロープ』と言っても一概に禍獣扱いにするのは早計――ということですよね?」


 先頭で風を切って進むルリーテが前を向きながらエステルに尋ねた。


「うん。えっと……イーす……ひとから聞いた話だけと『禍獣』とされているのは、過去の個体がそうだったから――らしい。その動種混獣ライカンスロープの血に宿っていたのは禍獣である『森守獅獣ネメア』の力。だからクラスが禍獣になったって……」


 全力疾走の代償に息を荒げるエステル。

 だが、それでも周囲の警戒を怠ることはない。


「ネメア……嘆きの森の守護獅子ですね……。でも、どの血が宿っていたとしてもその『腫瘍』が『魔核』に成長するまでは全力を発揮できないんですよね?」


「うん。それもエディの認識であってる。『腫瘍』は魔力を蓄えてる段階。だから初期段階なら生まれたての魔獣と一緒。腫瘍が成長にするに連れて宿った獣に相当する力を身に付けて……体付きも変わっていくから」


 実戦直前。

 宿でエステルから披露された知識を再確認の意味も含め擦り合わせる。


 今はこの知識が無意味なものとなってほしい――

 入念な認識合わせの中、願いさえも三種さんにんは共通していた。


「この森を抜ければ峡谷です。ここまで全力疾走で来た以上、そこで一度息を整え――ッ!? 避けてくださいッ!!」


 ルリーテが弾けるように横へ跳ぶ。

 後続のエステルたちも遅れることなく同方向へとその身を投げた。

 ――と、ほぼ同時に鋭利な木の枝が肩を掠めていった。


『ギュキッ!! キキキキキキィィィィィッ……!!』


 前方でエステルたちを嘲笑うかのように、一匹の猿がその身を揺らし木の影から躍り出た。

 エステルたちが忘れるはずもない魔獣。老知猿エルダーエイプである。


 さらに足を止めたエステルが頭上に目を向けた時。

 木々の枝から見下ろす猿の群れを瞳に写すこととなった。


「この森は迂回するべきだったかな……」


苦い思い出を払拭するいい機会です」


「ちょっとこれ……何匹いるんですかね……」


 各々が今の状況に率直な感想に喉を震わせる。

 しかし誰一種ひとりとして、心に揺らぎという名の動揺を覚える者はいない。

 彼女たちは自然と背中を預け合い、気持ちを切り替えるべく握りしめていた武器を構えていた。


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