第193話 持久戦

「ぬぐっ!! この状態じゃキリがない――ッ!!」


 立ち並ぶ木々を飛び回り、不意を突いて地上に降り爪を振るう個体。

 木々の上から降りる気配を見せず、枝などを次々に投げる個体。

 深手を負うことはなくとも、活路を見出さなければジリ貧である。


「これだけ群れの数がいると、『騎士エクウェス』を使えたとしても範囲が足りませんね」


 ルリーテが振るう小太刀が飛び掛かる個体を容易に切り裂く。

 通常の詩に支障はないほどに回復しているとはいえ、一週間という期間を過ぎてもなお『騎士エクウェス』を放てる魔力は戻っていない状態だ。


「単独の時と違って持久戦を狙ってるようですっ! 鳴き声と同じようにいやらしいやつらですね~……」


 不死鳥チピを降霊済のエディット。

 木々の枝上の猿に向かって詩の行使を続けているが、一匹や二匹撃ち落としたところで微々たる差さえも感じることはできなかった。


「一旦森から退避ッ! ここじゃ動き回ってもすぐに追いつかれちゃう!」


 エステルの声に連動する二種ふたり

 だが、さらに猿たちも反応したのだ。


「――なっ!? エステル様! エディ! 下がってはいけません!!」


 自分たちに有利な状況をみすみす手放すはずもなく、大樹を圧し折り退路へと薙ぎ倒す。


 次々と重なっていく大樹は彼女たちの身長を優に超える高さに達していたが。


「好き勝手にさせてばかりだと思わないでくださいっ! 〈中位炎魔術ファルライザ〉ッ!! もう一つ……――〈中位炎魔術ファルライザ〉ッ!!」


 術者であるエディットの体躯を丸ごと包み込めるほどの火球が、唸りを上げ積み重なった木々を丸々と繰り抜いた。


 しかし。


「駆け抜け――って……しつこいっ!! 〈中位炎魔術ファルライザ〉ッ!」


 エディットが退避の声を叫ぶよりも前に、火球でこじ開けた穴付近へ鋭く圧し折られた枝や、半身ほどの岩が投げ込まれていく。


 現状この積み重なる大樹の束を撃ち抜ける詩はエディットの中位魔術のみである。

 エステルの『星之煌きメルケルン』では貫通力が足りず、ルリーテの『アルクス』では繰り抜ける範囲が狭すぎるためだ。


 故にエディットが魔術を乱発するも、一種ひとりで穿ち続けるだけでは、猿たちの手数にはとてもではないが及ばない。


「この周辺の木々だけでも切り倒そう……高所を取られ続けてたら優位に立てない」


 持久戦を仕掛けてきた以上、焦れば焦るほど相手の思う壺。

 グレッグの状況が不明な以上一刻も早く切り抜けたいという気持ちはあるが、ここで相手の術中にはまり続け自分たちが全滅では目も当てられない。


 少しでも早く切り抜けるためにここで時間を掛けることをエステルは選択した。


「そうですね……倒しきらずにこの猿たちまで引き連れていくのは得策ではありませんので……」


「このひとを小馬鹿にするような態度が頭にきて、ちょっと詩を詠みすぎました……でも……最悪の場合は……――」


 納得せざるを得ないエステルの提案に鋭い眼光を猿に向けながら頷くルリーテ。

 さらに隣のエディットはすでに息が上がり始めていた。

 だが、瞳の輝きは一切失われておらず、力を込めた自身の腕を見下ろしていた。


 そこへ。


「エステルたちーッ!! 伏せろォーーー!!」


「伏せたら声がほしいさねーーーッ!」


 聞き覚えのある声が積み上げられた巨木の向こうから響き渡った。

 彼女たちが顔を向け合わせた折に僅かに顎を引く――と共に三種さんにんは一斉に伏せ、


「伏せたッ!!」


 頭を抱えながらエステルが喉を震わせた。


「〈照射の下位水魔術ラディウス・ミルス〉ッ!!」


 彼女たちが立っていれば胸の位置ほど。

 木々の奥から高圧の水流が穴を穿ち噴き出した。

 それはまるで精選時に出会った魔獣、怪触蛸獣クラーケンの放った魔法のように。

 さらに腕の太さほどの水流は、水平に薙ぎ払われ容易に巨木へ線を刻み込んいった。

 直後、水流が通った切れ間から引きずられるようにずり落ちていく木々――


 そこで、ようやく水の一閃を地に這いながら見上げていた三種さんにんが揃って顔を上げた。

 すると、そこに。


「……ドライさん! ――キーマさんも!!」


 精選を共に駆け抜けた戦友が居たのだ。


 猿たちも想定外の奇襲に距離を取るように大きく飛んだ。さらに水流の一閃によってエステルたちの周囲を取り巻いていた樹木が切り倒されたことも要因の一つであろう。

 ドライとキーマは間髪入れずに少女たちの元へ駆け寄り、


三種さんにん揃ってすごい形相だったからな。ただ事じゃないって感じて追いかけてきたんだ!」


「ドライが準備に手間取らなければもっと早く追いつけたさね~……」


 猿たちと向き合うように佇む姿は精選の時から見違えるほどに逞しい。

 そんな背中に少女たちは安堵と共に頼もしささえ感じ取っていた。

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