第237話 ニモリートへ その4

「〈中位土魔術ドルライザ〉ッ!! 態勢は崩したよ!!」


「任せなさいな! 〈粒の上位海魔術バルト・ウルンギル〉――ッ!!」


「ウオォオーーッ!!」


 ブラウの咆哮と共に放たれた一閃は、目の前で牙を剥く魔獣を容易く切り裂いた。

 セキやトキネの戦いを間近で見てしまったことで、三者共に自己肯定感が低めとなっているが、これまで流し続けた汗と涙。

 そして血は裏切ることはなかったのだ。


「これは……喉噛獣ガルム……かな?」


「特徴的にあってそうね。百獣に分類されてる。でも……」


「うん……! この道のりルートは悪くないと僕も実感してる」


 ブラウたちは熟考を重ねた末に、ニモリートへ向けて出発していた。

 ひとの往来が激しい道を避け、海岸沿いのルートを選択。

 余裕をもって十日間と見ている道のりルートであるが、現在三日目にして初の会敵だったのだ。


「不安もあったけど、ひとが通らない道にしてよかったぁ……」


 この選択には理由があった。

 魔獣がひとを襲う理由は、魔獣自身では生成することができない肉体魔力アトラを得るためである。

 肉体魔力アトラは少量でも強靭な魔力を生み出せるため、魔獣からしてみれば栄養そのものだ。

 強力な魔獣になれば大量の自然魔力ナトラを取り込むことが可能となり、頻繁に肉体魔力アトラを狙うということは少なくなる。

 代わりに動き出せば大量に摂取を狙うため、結果的に国や街が危険に晒されることとなるが……。


 この理屈から、ブラウたちは種気ひとけが少ない道を行けば、積極的、好戦的な魔獣との接触を避けることができるのではないか――という結論を導き出したのだ。


「道が荒れてて、走行獣レッグホーンが使えないっていうのが大きいんだろうね」


「そうね。道のりから逆算すると装備の関係もあるし、結構な量になるもの。でも……」


「ああ――食料の現地調達なんて今の俺たちにはお手の物だっ!」


 砂浜もなくはないが、ほとんどが岩石の絨毯である。

 隣はすでに密林であり、探知があるとはいえ視覚的に心許ないことは否めない。


「うん。このくらいの足場なら平地と同じように戦える……! 逆に岩の割れ目に相手を引き込んでもよさそうだね」


 視界が広がる代わりに足場を犠牲にする形となるが、トキネに鍛えられたブラウたちは、足場の不利を感じさせない体幹を身に付けつつある以上、苦にならない。

 さらに言えばトキネと共に野営を経験したことで、戦闘とは異なる生き抜く力も各段に上昇していたのだ。


「そうね。でも気は抜けないわ……! 鍛冶街に行く時のような出来事は二度とごめんよ……!」


 唯一問題点を上げるなら、ブラウたちは出発の前にランパーブのいずれかでパーティクエストを受注するべきだったという点だろう。


 比較対象が段違いであるため、三にんの認識が一般認識と乖離を始めているのだ。

 すでに本葉トゥーラ級を優に超える実力を持つことに気が付いておらず、その事実に気が付くためには、他の同級の探求士の姿を見ることが手っ取り早い。


 各々が路銀稼ぎにクエストはしていたものの、ゴルドが行ったような同行付き添いのように、自身の立ち位置を認識できるようなクエストを行っていなかったのだ。


「あ……ああ。クリルの言う通りだ……」


 ゴルドとクリルの熱が込められた声に対して、明らかにブラウの声が震えている。

 ブラウがそっと遠くの岩石地帯を指差すと、ゴルドとクリルも釣られて顔ごとそちらに向ける。


「もしかして……魔獣が少ないのって……の影響?」


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