第236話 ニモリートへ その3

「――で、これがクスクーバで貼られてる『百獣』の情報だ」


 木円卓テーブルに置かれた樹皮紙は、様々な百獣の情報が記されていた。

 写水晶グラフィタルでないのは、単純な資金不足の面もあるだろう。

 煌びやかに光っていた眼が一転し、暗雲に包まれている。

 ブラウはこの情報を集める時点で、すでに肩が重くなっていたようだ。


「多すぎじゃない? でもこれがこれからのなのよね……」


 クリルが顔を覆いながら喉を震わせるが、体力に反比例した弱々しい声でもあった。


「セキと一緒の時は意識しなかったけど、トキネさ――トキネに特訓してもらってる時に僕たちも思い知らされたじゃないか……」


 己を奮い立たせるようゴルドは樹皮紙を手に取り一枚一枚確認していく。


 この行動には理由わけがあった。

 これから向かうニモリートの周辺に通常の魔獣が徘徊していないわけではない。

 だが、ランパーブ領を出れば百獣と出会う頻度は、一般の魔獣と遜色ないと言われている。


 事実として特訓時、『飛頭獣チョンチョン』等の百獣の群れと遭遇することもあったが、トキネが難なく処理していたのだ。


「トキネちゃん可愛い顔して太刀筋が鋭過ぎよね……まぁほとんど見えなかったけど……」


薙刀ナギナタって言ってたっけ? 槍とセキの刀を合わせたみたいな武器だったけど、いやぁ~……近寄れる気がしなかったなぁ……俺の剣なんて掠りもしなかったのになぁ~……」


 また、タンタスバーシュ領とランパーブ領は隣合わせというわけではない。

 間に無管理地域を挟んでいるのだ。

 トキネ付き添いの元、百獣の討伐も経験済ではあるが、確固たる自信にするためにはまだ時間が欲しいというのが三名の共通意見でもあった。

 そのステップアップのために新天地を目指すわけでもあるが、道のりは険しい。


「もうトキネに頼ることはできないんだ。だからこそ……この情報と照らし合わせて道のりルートをしっかり見定めていかないとだよね……」


「その通りだゴルド!」


「ええ……加えて探知全開でいくわ!」


 ブラウが周辺地図を広げると、残りの二名が目撃情報を書き加えていく。

 誰もが一言も喋らず集中した結果、大量の目撃情報を地図に記すまでほんの数十分という短時間で仕上げていた。


「千幻樹の騒動もあったから、この周辺もひとの行き来が一時的に増えて、情報が増えたのは少し助かってる……かな?」


「そうね。血眼であたしも探したけど、掠りもしなかったわ。やっぱりもっと大陸の奥に生えてたのかしらねぇ……」


「僕もひとの波に巻き込まれない範囲で探したけど……まぁ無理だよね。――で……ここから、この道を辿るのが今は正規の道のりルートになってるね」


 ゴルドの指先がなぞった道に示した魔獣の情報に目を向ける。

 ひとの行き来が激しい分、魔獣の報告も数多く寄せられている。


「見てるとほんの数十分歩くたびに百獣やら出てきそうなんだけど……」


「他のパーティと協力して――って言いたいけど、今って時期的に少ないのよねぇ……海路はここ数週間満員って言われてるし……」


「なまじみんな使う道のりルートだから魔獣も寄ってきちゃってるように見えるよね……」


 無管理地域への進出は、言わば探求士として成長した証である

 国の庇護から抜け出す、独り立ちとも言えるだろう。


 だが、言葉でいうほど楽なことではない。

 だからこその独り立ちなのだが。


 三者三様に頭を抱え地図を睨みつける時間が増えていくばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る