第238話 ニモリートへ その5

 ブラウたちは岩壁だったものを見上げていた。

 悠然とそびえ立っていたと思わせるに十分な高さを誇り、海岸が途切れている。

 これが理由で道のりルートから外されていたのだろう。


 だが、今は逆に容易に通り抜けることができる。

 なぜなら、巨大な二つの穴が岩壁を貫いていたからだ。

 セキと共に出会った深淵種アビスほどの大きさである。穴の淵が溶けており、今ブラウたちが立つ場所も冷え固まった溶岩の上であった。


「奥が明るいからこれは貫通してると思う。だけど、俺はここから密林に入ることを提案したい」


「異議なしだわ」


「大賛成だよ」


 瞬時にパーティの気持ちが一つになった。


 この穴は真新しいのだ。

 岩を溶かし、落ちた溶岩が冷えて固まるほどの時間は経っている。

 だが、穴の内部に塵や埃、苔といったものが一切見られない。


 確実に半年以内――下手すれば一カ月、いや、それ以下かもしれないと目星をつけた故の決定であった。


 三にんは、ある程度、海岸沿いに戻った後に密林に入ることで合意すると、周囲を見回しながら明らかに素早い足取りでその場を後にした。


 引き返した穴の先に、魔力凝縮を起こした恐獣『装甲鱗獣アロプレラ』の亡骸が落ちていたことに気が付くこともなく――




「密林に入るのは明日の日光石が出てからでどうだ?」


「そうね。今晩は警戒しやすい海岸で休みましょうか」


「OK! それならいつも通り、クリルと僕で海で魚取ってくるよ。ブラウは焚き火の準備でいいかな?」


 三者共に頷くと迅速に準備に取り掛かる。

 ブラウは焚き火用の枝を集めに密林側へ歩を進めた。

 密林に魔獣が潜んでいる可能性もある以上、周囲の確認は怠らない。

 すると。


「ん……?」


 岩だらけの海岸と密林の間のわずかな砂浜地帯に、何か細いものを引きずったような跡を見つけた。


(なんだ? 岩場から……というかさっきの岩壁のほうから?)


 誰かが武器や荷を引きずったのだろうか。

 そんな考えが頭をぎる。


 だが、無防備に近づくほど不用意ではない。

 ブラウは片手半剣バスタードソードを抜き放つと、一歩……また一歩と密林に足を踏み入れた。


『ニッ……ニィ……』


 消え入りそうな声をブラウの耳が捉えた。


『ニ……ニニッ……』


(声? 鳴き声? 動物か……?)


 剣先で周囲の草木を除けるが、声の発生源が特定できない。

 ブラウは瞼を閉じ、手を当てながら周囲の音に耳を澄ませた。


『ニニッ……』


(聞こえたッ!)


 音の方角を意識して見下ろした時、微かに引きずったように草木が倒れていることを確認する。

 ブラウはごくりと喉を鳴らすと一度大きく深呼吸をした。

 ゆっくり……音を立てないよう慎重に葉を除ける。


 そしてブラウは思わず駆け寄り、そこに居たものを凝視した。


『ニィ……』


 ブラウは目前にしてもいまだ目を疑っている。


 そこに倒れていたのは、両手で持つことが可能なほどに小さき妖精幽フェリアだったのだから。

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