第112話 落着

「ごめん……ごめんね。どうしても言えなくて……」


わたくしたちを守るためにずっと姉様は……苦しんでいたのですね……」


 姉妹共に頬を伝う涙を拭うこともなく抱擁を重ねた。

 傍らで鼻を啜りながら見守る父親も、真相に戸惑いを抱きつつも娘を黙って見つめている。



「首を突っ込んだはいいけど、わたしじゃ何もできなかったよ……ルリ、ほんとありがとう」


「いえ……わたしも肝心なところであんな実力不足を露呈することになるとは……」


 エステルとルリーテも気を抜きたい気持ちはあるのだが……

 フィルレイアが未だ隣にいるため、予断を許さない状況という共通認識を持っているようだ。


「そうそう見かけなくなったけど……あの状況で『記憶メモリア』を見せるなんて、あなたも思い切ったわね」


「――え……いえ……ナディア様とは精選を共に戦った仲でして……あのままではいけないという気持ちだけで行動してしまい……」


 腰に手を当てながらルリーテに顔を向けたフィルレイア。

 対するルリーテは落ち着きなく両指を絡ませながら、受け答えるだけで精一杯である。頬をほんのりと色づかせ俯き気味ではあるが、時折フィルレイアの顔に視線を飛ばしている。


「野次馬関係はわたしのほうで口止めしておくわ。でもどこから漏れるか……というよりも石精種ジュピアなんて見たことないひとのほうが多いから、興味本位で広まってしまうかもしれないのは覚悟しておいたほうがよさそうね。でも……あの子のために術を使ったあなたみたいな子はわたし好きよ?」


「は――はひっ……はい! う、うれしいです……フィルレイア様にそのように言って頂けるなんて……」


 ルリーテの頬の紅潮が臨界点を超えてる状態である。

 鎮まる気配を感じさせない鼓動の音がフィルレイアに聞こえていないか等、そんな下らないことに頭を回してしまうほどにルリーテは困惑していた。


「ふふっ……じゃあちょっとうちのアロルド馬鹿を説教しないといけないから……また何かの縁があれば会いましょう。それじゃ~ね! ルリ、エステル」


 フィルレイアがひらひらと片手を振りながらその場を離れていく。

 自身の名をフィルレイアの口から聞いた二種ふたりは、その響きの余韻に返事すらできず、アロルドに向かって歩いていく背中を見つめ続けるだけであった。



「あんた~もう少ししっかりなさいなっ。護衛に対しての牽制にはなってただろうけど、ほとんど役に立ってないじゃないの」


「面目ないっス……ちょっと騒がしかったから考えなしに突っ込んだっス……」


 フィルレイアの責め苦に肩を落とすアロルド。一般女性には庇護欲を誘う光景だが、長年親しんだ彼女には通用しない。

 

「も~これじゃ先が思いやられるわ……でもまぁ後始末でゴタつくならわたしのほうで……う~ん……イースが処理してくれるだろうから、あなたはせっかくの好機チャンスをものにできるように努力なさいな」


「さすがに今は割り込めないっス……思ってたよりも深刻そうですし、気持ちが落ち着いたら話をするっス……」


 アロルドの呟きに、まぁそうよね……、と同意の旨を示すフィルレイア。

 リディアたちも抱擁を解き、父親も含めて談笑をしている様子で、その姿に自然と頬が緩むことを実感した。


「あの……みなさん」


 そこへ父親が一歩前に歩を進めながら、声を掛けた。


「うちの娘のために助力頂き誠にありがとうございました……」


 その場の視線が自分に集まったことを悟った父親は、お礼と共に深々とその腰を折った。


「い、いえ……わたしは結局何もできなかったので……」

 とエステル。


わたしも、自分の術を過信しすぎていました……」

 続くのはルリーテだ。


「顔と態度がムカついてたからちょうどよかったわよ。後は心配しないでこっちに任せて? だから今は貯め込んでいた鬱憤を上手に晴らすことをお勧めするわ」

 眼前で手を振りながら答えるフィルレイア。


「いえ、おれも特に役に立てず申し訳ないっス……騒ぎを広げただけだったっス」

 ばつが悪そうに目線を下げるアロルド。


 些細な切っ掛けで、ここまで事が大きくなるとは誰も予想だにしなかったであろう。

 だが、事が大きくなったからこそ、エムスンの姑息な手口を暴けるような組み合わせが揃ったということも、リディアたちは理解していた。

 そこに父親の隣へリディアも駆け寄った。


「あの……妹の知り合いのエステルさん、ルリーテさん。そして出会ったばかりのアロルド様、フィルレイア様。この度は本当に私なんかのために力を貸して頂いてありがとうございました」


 艶やかな金色の長髪が床に付いてしまうほど深く、そして丁寧に頭を下げた。

 エステルはお礼をされても、いたたまれない気持ちのほうが勝ってしまう状態ではある。

 反応しないわけにもいかないため、返事代わりに自らもぺこぺこと頭を下げている様子が見受けられた。


 ルリーテやフィルレイアも遠慮がちに手の平でそのお辞儀を受けている状態である。

 だが、そんな中でただ一種ひとり、アロルドだけは想定外の言葉にその身を石の如く硬直させていた。

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