第111話 紡ぎ詩

「――――――ッ!!」


 その場の誰もが息を吞む。

 それはこの場の誰もが理解していたからだ。


 この詩が後天的に覚えることができる詩ではないということを――


「な……何をっ!!」


 取り乱したエムスンが詰め寄ろうとするも、ワーグに肩を掴まれたままその場を動くことすらできない状態である。


 眩い魔力光と共に映し出された場面。

 それは孤独に部屋で一種ひとり悲しみに暮れるリディアの姿だった。


 だが。

 いくつかの場面が映し出されるもリディアの姿だけであり、望んだ結果は得られないままペンダントに刻まれた石の記憶は終わりを告げたのだった。


「クハッ! クハハハッ!! なんだ? 今の場面で何がわかるというんだ?」


 明らかに困惑の表情を浮かべていたエムスンが緊張から解き放たれた解放感に従い声を上げた。

 その声に反応できないほどにルリーテは放心している様子である。

 しかしその光景を見ていた一種ひとりの女性が口角を上げながら、近寄ってくる。


「あなたすごい詩持ってるじゃない。ねえ……できる? 次は『記憶メモリア』だけでいいわ」


「――え……あ……ふぃ、フィルレイア様? で、できます!」


 突如として出てきたにも関わらずフィルレイアに文句を付けられる者はこの場にいない。

 アロルドに花を持たせるべく様子を伺っていたが、元々気が長い性格ではないこともあり、しびれを切らしての参戦である。


 口を挟ませる間を置くこともなくフィルレイアがルリーテの手に自身の手を重ねた。


「い……行きます! 〈記憶メモリア〉――」

「――〈最上位海魔術ウルベルド〉」


 ルリーテが象徴詩を詠んだ後、紡ぐように属性詩を詠んだフィルレイア。

 先ほどの魔力光が蠟燭の灯りだとすれば、今漏れ出ている青の光沢を帯びた光は日光石の明かりと言っても差し支えないほどに輝いている。


 フィルレイアが何かを探るように瞳を閉じている。

 そして瞼を上げた時、リディアと共に男がいる場面が映し出された。


 そこで行われた行為。

 エムスンの息子と思われる種物じんぶつが、許嫁フィアンセがいるにも関わらずリディアの体を求め。

 拒否されるや否や罵声を浴びせ始める男の姿であった。

 男は感情を全て吐き出すと部屋を出ていったようで、そこで光の収束と共に映し出された過去が終わりを告げた。


 全員が無言で視線を向けた先には激しい動悸に見舞われている最中なのか。エムスンの姿だけがあり、すでにワーグの姿はなかった。


「でも、これじゃいまいち黙ってる理由が分からないわね……そういうわけでエムスン卿、ちょっとその趣味の悪い指輪貸してくださる?」


「――な……何を言っている!!」


 フィルレイアが唇に指を押し当てながら告げるもエムスンは指輪を隠すように胸元へ引き寄せている。


「それなら腕ごと切り離すことになるっスけど、どっちを選ぶかは任せるっスよ」


 殺気の比率が極めて高い威圧を放ちながら、アロルドが問いかけた。

 すでに護衛も立ち去った、いわば丸腰のエムスンは震える手で指輪を掴むと視線を泳がせながら差し出した。


 フィルレイアが受け取った指輪と共にルリーテへ視線を向ける。

 無言で頷いたルリーテは再度フィルレイアと合わせて詩を詠んだ。


 映し出された記憶。

 エムスン自身も息子から事情を聞いた際に愛種あいじんとして囲うつもりだったこと。

 国から逃げた後、この事実を口外した場合、自身の持つ武力で家族に不幸をもたらすという脅しの計画。

 見る者は例外なくその瞳に嫌悪感を剥き出しとしている。脳裏に流れる声の不快感から早く解放を願う者の多さを配慮したのか、ここでフィルレイアは記憶の扉を閉じたのだった。


「姉様……だからわたくしたちにも言わずに抱え込んで……?」


 全ての行動という点が、線として繋がったナディアがリディアへ語り掛けた瞬間だった。


 通路内の空気がヒリつき、喉の渇きをその場の者が感じた時。

 通路に稲妻と錯覚するほどの何かが走り抜けた。


 その直後、立ち竦むエムスンの首元でアロルドの剣が止まっていたのだ。


「フィアさん。なんで邪魔するんスか」


 首を跳ねるべく走らせたアロルドの剣は、凝縮された水の塊によって止められていた。

 アロルドが故意に止めたわけではない。


「国が~とか貴族が~なんてわたしはどうでもいいの。でもエムスンこいつ絶対他にも同じこと、いえ……それ以上のことしてるでしょ?」


「すんません。その通りっスね……全て吐き出させてからでないとっスね……同じような目に合った子たちのことを考えてあげられてなかったっス」


 エムスンは自身の優位に溺れいたずらに騒ぎを広めたことを後悔していた。

 だが、この場を切り抜ければ――国に戻りさえすればどうにかなる、という極めて短絡的な思考でしかこの場で考えることしかできない状態である。


「ぷ……プリフィックのお前らにジャルーガルの俺を裁く権利があるとでも思っているのか!!」


 エムスンの叫び声が通路に響き渡るもそれに反応を示す者はいない。


「とりあえず言えることは……今この場にいる子たちに何かあった場合、全てエムスン卿。あなたの仕業と見なしてわたしはあなたを裁くわ。あなたが手を回したかどうか事実を確認するまでもなく……ね」


 フィルレイアはリディアはもちろん、ナディアやエステルたちを含めた話をしている。そしてさらに紡いだ言葉はこの場の温度が急激に下がったと思うほどに、全員に等しく悪寒を走らせることとなった。


「な……何を勝手なことを――ッ!!」


「大丈夫。安心して? ジャルーガルとして、わたしと事を構えるか。無能な豚を差し出すか……むしろどちらを選ぶ? なんて質問をしたら笑われてしまうかもしれないわね。試しに頼ってみたらどうかしら。あなたの国が誇る強者……『死配者ネクロマンサー』あたりなら笑って承諾してくれるかもよ? まぁあなたの自我の保証はできないけど」


 フィルレイアの告げた真理と向き合う気概は、エムスンが持ち得るものではない。

 エムスンは言葉にならない言葉を叫びながら、通路を走り去るだけが唯一自分で選ぶことのできる選択だった。

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