第110話 記憶

「なんのようだプリフィック。今は俺とこの小娘たちとの問題だ。そんなことに国を背負うお前が干渉するとでも?」


おれはアロルドっス。でもまぁ干渉は……することになるっスね。おれはこちらの女性に用があってここまで来たんで」


 エムスンの言葉を受けリディアに向き直るアロルド。

 リディア自身も事態を把握していない様子で目を瞬かせている。


「前回の精選後っスから、五、六年振りっスね」


 すでにエムスンはおろか周りの目も気にせずリディアを見つめるアロルド。

 だが、当種とうにんのリディアは呆気に取られているようで、アロルドの言葉の意味を嚙砕けずに困惑した表情を浮かべている。

 ナディアやエステルも同様であり、ただただアロルドの行動を見守るに留まるしかない。


「あ~エムスン卿。こりゃ立場が逆転ですわ。あれはさすがにうちの団長でもいないと分が悪い」


 飄々と白旗を上げるワーグを歯がみと共に睨みつける。

 だが、エムスンは関係性が飲み込めずとも、すでに蚊帳の外とも言っていいこの状況を黙って見ているような男ではなかった。


「ちっ……売女が……うちの息子だけでなくプリフィックにも色目を使っていたとはな……さすがにこれでは敵わんな~!」


「そ、それは誤解です……私は――……」


 リディアはエムスンの言葉に咄嗟に反応するも、尻すぼみとなった声は儚く掠れ消え行った。

 必死に声を押し殺そうとしているのか、ペンダントを震える手で握りしめている。


「誤解!? うちの息子に許嫁フィアンセがいることを知りながら擦り寄ったのが誤解だと?」


 わざとらしく騒ぎ立てる男の顔は、自身を伏目がちに見やるリディアの顔をしたり顔で見返していた。

 アロルドも参戦したことで先ほどのまで興味を示さなかった者まで覗きだしている始末である。


「姉様がそのようなことをするわけがありませんわ! 大方、貴方の息子が言い寄ったところを袖にされた逆恨みなのでしょう!」


「クハハッ!! ならばなぜその女は釈明をしない? それもせずに中央大陸ミンドールに逃げて行った行動が全てを物語っているだろう?」


 ナディアがリディアへ振り向くも、リディアは俯いたままペンダントを握りしめ震えているだけだ。

 その姿を見たエステルは自然と声が漏れ出ていた。


「事情知らないのにすいません……あのお姉さん……何か言えない理由を抱えているんですよね? でも、それはあのひとが言ってるようなことじゃないってことくらいわたしでもわかります」


「理由? 理由は簡単だろう? そこの単細胞な騎士と違って色仕掛けで失敗した、なんて自分では恥ずかしくて言えるわけがないっ!」


 高らかに両手を上げ、まるで勝者かのようにふるまうエムスン。

 このような状況でも頑なに口を開くことがない以上、決め手に欠けることは明白である。


(……――ッ!! 言えない事情が分かれば……)


「まぁこんな下らない茶番に付き合い続けるのもバカらしい! まぁせいぜい売女を慰めてやればいいんじゃないか? まぁ慰み者がお似合いだがな!」


 エムスンはアロルドの睥睨も意に介さず、その場を立ち去ろうと背中を向けた時だった。


「それでは事実を確かめてみましょう」


 リディアたちのさらに背後の種混ひとごみから姿を現したのは、翠色の長髪を結った少女。そうルリーテである。


「エステル様が遅いので様子を見に来て正解でした。途中からですがなんとなしに事情も分かりましたし、まぁエステル様がご本種ほんにんを見て信じている以上、疑う余地もないのですが」


「次から次へと無駄な足搔きを見せるのが好きな愚民どもだな……まぁ俺がそれに付き合う義理もない」


 そういい放ち去ろうとする背中にルリーテは嘆息と共に言葉を投げた。


「ええ。あなたは特に必要としないのでそのまま立ち去って頂いて結構です。ナディア様のお姉様ですね? 後でゆっくりとご挨拶させて頂きます……そして不躾ですが、その握っているペンダント。それは昔からお持ちの物でしょうか?」


 その言葉に反応したのはエステル、そしてワーグだ。

 ワーグは振り返ると立ち去ろうとするエムスンの肩に手を置き制止する仕草を見せた。


「これは子供の頃父に買ってもらってずっと付けているので……」


「そうですか。突然ですみませんが少々お借りしてもよろしいですか?」


「ルリ……ここじゃ――」


 不安げな表情と共に口を出したエステルに、手の平を向けながらかぶりを振るルリーテ。

 戸惑い気味に手に乗せたペンダントを見つめるリディア。


「姉様……エステルもルリーテもわたくしが心から信頼できる友種ゆうじんですわ。何をするつもりかまではわかりませんが、信じてくださいませんか?」


 ナディアの声に唇を噛みしめたリディアは両手を後頸部うなじに回し、外したペンダントをルリーテの手に乗せた。


「すぐに済みますので……」


 大事に両手でペンダントを包み込み瞳を閉じたルリーテ。

 そして……


「……〈記憶の下位風魔術メモリア・カルス〉」


 その詠んだ詩に一同が揃って眼を剥いた瞬間であった。

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