第153話 休息日のエディット

「買い食い用のお金コバルが尽きてしまいました……」


 片手に肉が幾重も貫かれた串。

 もう片手にはチピが体ごと飛び込めるほどのカップ。


『チピ……チププッ』


 頭の上ではチピが不貞腐れた様子で鳴いているが、エディットの視線は通りに立ち並ぶ露店に向くばかりである。


「チピもいる以上、エステルさんにお小遣いの増額を申請するべきでしたっ……」


 エステルパーティはクエストの討伐報酬半分強を共通資産として保持。

 残りを四種よにんで分配するという形である。

 チピは直近の行動ではすっかりセキにくっついていたため、予算の減り幅が想定以上となった故の溜息であった。


『チプゥ……!』


 チピはチピで不満の様子。

 基本的にセキはお金コバルに無頓着なため、カグツチが目移りした食料をねだればすんなり買い与えている。

 そして、くっついていたチピも同様であったため、本来の主であるエディットの相棒を省みぬ豪遊にご立腹中ということであった。


 セキはセキでカグツチやチピの要望で買い与えては使い切ってしまうため、しばしばエステルに説教を食らっている。

 だが、カグツチとチピはその際、迅速な離脱を得意としているため無傷ノーダメージということも大きい要因ではある。


「チピが芸の一つでもできればおひねり稼ぎができるのですがっ……仕方ありません。薬草を確認しにいきますかっ」


 やっとチピに向いた視線ではあったが、互いに納得いかないように瞳を歪ませており、相棒と呼ぶにふさわしいか疑問ではある。


 そこでクエスト紹介所の脇を通った際。

 見知った顔が大きな溜息と共に出てくる姿を視界に納めた。


(おや? あの方はレルヴに来て早々に出会った探求士さんですねっ。ですが、少々元気がないような?)


 長身に加え後ろへ流した灰色の髪。

 掘の深い顔立ちは印象に残りやすく見間違えということはないだろう。

 歩調を緩め、顔を向けていると相手もふいに気が付いたのか、落とし気味であった視線を戻し、


「お? この前のお嬢ちゃんじゃねえか! レルヴには慣れてきたか~?」


「こんにちわっ! この前の説明とても助かりました! 最近は教えてもらった『同行』を活用させて頂き少しずつですが慣れている真っ最中というところですねっ」


 深々と腰を折るエディットに合わせて手をあげて答える男。


「そういや、『困ったら指名を~』なんていいながら、名前も伝えてなかったな! オレは『グレッグ』。今はどこにも所属していないフリーの探求士ってところだ」


「あたしはエディットと言いますっ。この子はチピです! 紹介所から出て来た時いささか肩を落とされているようでしたが、何かあったのですか?」

『チピピッ!』


 グレッグの挨拶に合わせ、エディットも自身と相棒の名前を告げる。

 ――だけに留まらず、一足飛びで距離を詰めるような質問を投げかけた。


「あ……あ~そりゃ~逆だな~何もなかったから気落ちしちまってたってとこだな!」


 発した言葉とは裏腹に、けろりとした表情で答えるグレッグ。


「あっ……同行とか募集とかってことですかね?」


 エディットはその答えに、踏み込みすぎたかも、と些か遅めに反省の念を顔に現すが、


「正解! まぁレルヴはでかいからこそ、探求士も大勢集まるからな! 同行とかもそんな中から選ばれなきゃいけないってのはまぁしんどいっつー話よ!」


 エディットからすれば、グレッグ本種ほんにんは表情通り、そこまで気にかけていないようには見えている。

 サバサバとした受け答えの奥に秘めた思いがあるとしても、今の状況から見抜くことは不可能であろう。


「お~なるほど……! あたしたちも来たばかりで大変ですが、こちらで経験を積んでいる方々も別の意味で大変な時期ということですね!」


「まぁそういうこった。それじゃーお嬢ちゃんも良いクエストに出会えるように祈ってるぜ!」


 グレッグは去り際にエディットへ応援の気持ちを声にのせると、踵を返しながら手をあげる。


「はいっ! ありがとうございます! お互い頑張っていきましょう!」

『チピ~~!』


 去っていくグレッグの背中を見つめるエディットには、なぜかその姿に少しだけ物悲しさが漂っていると感じられた。

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