第152話 休息日のルリーテ

 南大陸バルバトスに来てからの怒涛の日々を労い、エステルたちは今日という日を休養日にあてていた。


「街の外には出ないこと! それと街中でもひとが少ない所にはいかないように注意だよっ」


 各々が自由に過ごす際の注意事項である。

 そして注意事項を言い終えた途端に姿を消したエステルが、書庫へ突っ走って行ったことは言うまでもない。


 エディットはチピと共にクエスト中に採取した薬草類の選別、そして街中で売られている薬草の確認と言ってはいたものの、なぜか食料通りの路地へその姿を消していった。


 そしてルリーテも街に慣れてきたこともあり、レルヴ特有の食材を使った料理に挑戦する気概を見せていた。


「聞いた話だと中央通りの露店は高いので、一本脇道に入ると良い……はず」


 悪意と呼べるほどではないにせよ、土地に慣れる前の探求士たち向けに露店を出している所は、少々値段が高い傾向にある。

 だが、あえてそのような情報を与えることで新種しんじん探求士の信頼を勝ち取り、後々騙す等の手段も見受けられるため、最後に身を守るのは自分自身の判断となる。


 ルリーテは賑やかな通りからやや外れた路地を覗く。

 すると乱雑な配置、形がやや歪ではあるが、中央通りと似通った食材が安値で売られていることを確認する。


「ふむ。たしかに……一本道が違うだけでこれは……安易に買い物に出ず、同行でお話を聞いた後にしたのは正解だったようですね」


 東大陸ヒュート中央大陸ミンドールではお目にかかったことのない食材が、あちこちに陳列されている。

 この状況に料理好きのルリーテは、思わず鼻息を荒くしてしまう始末である。


「おぉ……これは調味料スパイス……でしょうか? ステア様が南大陸バルバトスでよく採れるものを教えて頂きましたが、これはまた違うような……」


 路地の左右に展開される露店に激しく目移りを伴いながら奥へ奥へと突き進んでいくルリーテ。

 進むにつれて独り言の呟きも自然と増えていることに気が付くことはない。

 だが、即購入のような直感的な行動を避け一通り吟味してからの購入を決めている様子なのが唯一の救いである。


 胸の高鳴りが収まらないそんな中。


(……?)


 露店の品物を物色後、振り返った際の出来事である。

 さらに細い脇道の影へ誰かが咄嗟に身を隠したように見えたのである。


(考えすぎでしょうか……いえ、警戒しすぎる、ということはありません。ここは……)


 再度、露店の食材へ目を落とすルリーテ。

 食材を手に取りながら見比べる素振りをしながら、かすかに横目で脇道に視線を向けた時。


 そこには明らかに自身へ視線を向ける二種ふたりの男を見つけたのだ。

 薄汚れた服は所々破れ、いやらしく口角を吊り上げるその姿はどう贔屓目に見ても正規の探求士には見えない。


 ――ドクン


 鼓動が跳ねたことを自覚すると自然と自身の手が胸を握りしめていた。

 鼓動に思考を奪われたままに、額から冷たい汗が滴り落ちる。

 硬直したその身に活を入れ、怪しまれないよう視線を露店へと戻した。


(お……落ち着きましょう。まだわたしが目的なのかどうか確定したわけではありません。ですが……ひと攫いの可能性も――)


 脳裏に様々な思いが駆け巡る。

 この路地は幸いにもひとの往来が多い以上、ここで無理やりという可能性は低い――そうルリーテは考える。


(一度、ひと混みに紛れ込みましょう。それでも付いてくるようであれば……)


 露店商がルリーテの様子に首を傾げるほどに時間が経った頃、意を決して動き出す。


 ――だが。


(いない……? 思い過ごしだったのでしょうか……)


 肩越しの視線を戻し立ち上がる。

 ごくり、と喉を鳴らすと一歩、また一歩と足を進めるが、一向にひと影は見えない。

 そこで思い切って、路地の正面に立った時だった。


 路地の奥でちょうど曲がりかけていたひと影を捉えた。

 だが、その後ろ姿は先ほどの男たちとは打って変わり、肩まで垂れた緩く波がかった金色の髪。

 歩く、という所作一つとってもほのかに気品が香るほどに洗練されている。

 白を基調とした長外套ロングコートには見覚えもあった。


(……あれは……プリフィックの……? では、ますますわたしの勘違い、というよりも自意識過剰すぎたということでしょうか……ですが、警戒するに越したことはありません。注意を怠らないようにすることは心がけましょう――!)


 深く安堵の吐息を吐き出したルリーテは、気分を入れ替える。

 露店巡りを再開すべく踵を返し露店立ち並ぶ通路へと歩いていった。

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