第126話 商売繁盛

「よーしよしよし……騎士さんとかギルドのひとたちがいるからあれくらいなら問題ないんだろうけど……」


 南大陸バルバトスの北の海岸線。

 一種ひとりの少女――トキネが海に手を浸しながら呟いた。


『グルォ~ウ……』


 その体を海に浸していた嚙砕破獣アンドルクスのポチは、トキネの声を聞くと海から砂浜へと歩き出す。


『ヴォウォ~……』


 穿角貫獣リケラクスのプチも微かに燻っていた角の先端の残り火を、首を振りながら消すとトキネの元へ歩み寄っていく。


「うん。陸路はすっかり魔獣でなくなったし、これで海路のほうもちょっとは安全になったね! ポチもプチもよく頑張った! 後でエサ美味しいやつ用意するからね」


 振り寄ってきた二匹の頬を撫でると、喉を鳴らす甘えた鳴き声が辺りに響く。


「うん。でもお前たちも感じた? 新種しんじんの探求士さんたちを守る騎士さんとかがいるのは分かってたけど……すごい強いひとも、一種ひとり乗ってたよね?」


『グルルゥ~……』

『ヴォオォ~……』


 トキネの言葉に軽く頷く二匹。

 さらにトキネは去っていく船に視線を向けながら、


「たぶんこっちのことも探ったっぽいけど、悪意がないことも分かってくれてるみたいかな? セキ兄が乗ってたら気が付いてくれそうだけど……ハープとランパーブどっちを拠点にするんだろ? セキ兄は魔力発してないからお前たちみたいに匂い覚えないと分からないからな~……」


『グル~?』

『ヴォウ~?』


「――ん? んと~都合が付けば、鍛冶街に仲間のひとたちの武具を頼みに来るとは言ってたけど……南大陸こっちに着いたばかりだから、もしかしたら色々見て回ってからかもな~ってこと」


 トキネの声にやや俯くように顔を下げるポチとプチ。


「――ってそんなに落ち込まなくてもすぐ会えるよ~。自然魔力ナトラが溢れ出してるって言ったってセキ兄をどうにかできる魔獣なんて一握りなんだから~って……そんなのお前たちが一番理解してるだろ~?」


 巨躯を縮こめながら気落ちする姿にトキネが慰めの声をかける。

 二匹がその顔を上げるとトキネが背中へと飛び乗った。


「――さっ! これで周辺の魔獣もすっかり掃除できたはず! これから新種しんじん探求士さんが鍛冶街にも来るから商売も忙しくなるよ~! お前たちはちゃんと見つからないように気を付けるんだぞ~!」


 トキネの言葉に同意の鳴き声をあげ、二匹と一種ひとりは、海に背を向けて走り出していった。



◇◆

 深淵種アビスの断末魔が途絶えた後も、護衛の騎士たちは警戒を緩めることはなかった。

 あの攻撃の出所が不明な以上、より強力な魔獣の出現を見越していたが――


「あの群れも自然と引いていったね……わたしでも感じるほど強烈な自然魔力ナトラだったから気持ちは分かるけど……」


 南大陸バルバトス方面を啞然と見据えながらエステルが呟いた。

 握りしめていた徽杖バトンには、手を滑らせるほどの汗が伝っている。


「ええ……。魔力に飲み込まれたと錯覚するほどの濃度でした……ですが、あの瞬間のみで今はもう怖いくらいに穏やかですね」


 額に吹き出した驚愕の証を袖で拭いつつも、視線をエステル同様に南大陸バルバトス方面に向けている。


『チッピ~! チピピッ!』


「どうしたのチピ? さっきまで沈み気味だったのに元気になっちゃって。あんな魔力の圧を感じたらいつも真っ先に逃げてるはずなのに」


 エディットの肩で囀り始めたチピに横目で問いかけるエディット。

 喜んでいるかのように羽先を南大陸バルバトスに向けているが、チピの真意を見抜ける者はこの場にはいなかった。


「でもとりあえず一安心だし、わたしたちも邪魔にならないように船室に戻っておこうか!」


「そうですね。ここを超えればランパーブまではそう時間はかからないはずなので。降りる準備をしておいたほうがよさそうです」


「はいっ! そうしましょう! チピもいつまでも騒いでたらダメでしょっ。もう部屋に戻るからね」


『チピピッ!』


 エステルを筆頭に船室へと戻る中、チピは最後に南大陸バルバトスへ向けて羽を振っていた。

 それは視線の先―― 海岸から立ち去っていった者たちとの別れを名残惜しむように。

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