第222話 化物 その4

「グレッグさん! 深追いはダメ! ルリは『アルクス』中心でわたしの後ろで!!」


 研ぎ澄まされた感覚に相応しい声。

 喉を通る凛と澄みきった振動は、指示でありながら奮起を促す激励と言えるほどにグレッグたちの鼓動を昂らせ、魂を震わせた。


(こいつら……どういうこった……? 舐めんなよカスどもが――)


「ちょこまかと……うざってえェェェェェーーッ! 〈穿錐の上位海魔術ピアレ・ウルンギル〉!!」


 ワーグの手に収束する水が、円槍ランスのように太く鋭い突起を形成した。


「風通しをよくしてやるよ――ッ!!」 


「グレッグさん! 勢いが付く前に詰めて――ッ!!」


 咆哮と共に繰り出される上位魔術を前に、エステルたちは一歩も引くことはなかった。

 それどころか放出する直前に響いたエステルの指示は、それだけでワーグの心に戸惑いを投げかける。


「まかせろォーーーッ!!!」


「〈星之結界メルバリエ〉――ッ!! エディ!!」


 両盾を眼前に掲げ、駆け出したグレッグを魔力の膜が包み込む。

 撃ち出された魔力の突起は、膜に刺さると同時に己の身を捻じ込むように急激な回転を見せる。


「オォォーーーッ!!!」


 魔力の膜を撃ち抜いた突起はさらにグレッグへ襲い掛かる。

 ――が、グレッグが盾を正面。ではなく角度を付けて受けると同時に、


「〈翼の下位炎魔術アーラ・ファルス〉!!」


 炎の翼を纏った下面からの一撃が加わると、突起は勢いを逸らされワーグの思いとは裏腹に明後日の方角へとその身を委ねて行った。


下位ルス如きの魔術でェェェェーー!! 〈飛瀑の上位海魔術フォルグ・ウルンギル〉!!」

(こいつら……――なんなんだ……!?)


「――〈星之煌きメルケルン〉ッ!!」


 即座に放ったワーグの爆発術は、エステルの放った爆発術と共に空中で爆ぜる結果を招く。

 ワーグが爆発煙に紛れ、エステルへ接近戦を仕掛ける。

 だが、拳も蹴りも掠りはするものの、致命傷を与える決定的な一撃を繰り出すことができない。

 エステルが背後へ飛び退くと、機会タイミングを計ったように、ルリーテの矢が避け難い胴体へ撃ち込まれ、追撃を許すことはなかった。


(男の動きは硬い……だが、その分耐えやがる――いや、耐えられるように女どもが力を分散させてやがる――)


 咄嗟に飛び退き、狙いを定めることなく漠然と腕を向けた。


「〈粒の上位海魔術バルト・ウルンギル〉!!」


「グレッグさん構えて!! 〈星之結界メルバリエ〉――ッ!! エディ! タイミングは任せるよッ!!」


 数多の水弾がエステルたちへ降り注ぐ。

 一つ一つの弾が拳ほどの大きさを誇り、直撃すればかすり傷ではすまない。どころか、上位術である以上、致命傷になりかねない。

 だが――


(ちッ!! この女どもの動きが――ッ!! 気持ちわりいくらいに滑らかだ……動きが早いわけじゃねえ。鋭さもねえ……なのに――なんで当たらねえ!!)


 グレッグが魔力の膜と共に耐える構えを見せるが、少女たちは違う。

 背後に隠れるわけでもなく、水弾の勢いが起こす風に揺られるようにその身を翻す。

 地に着弾し弾けとんだ石片、魔力の残る水滴が頬や腕、衣類を切り裂きその身を朱色に染め上げるも見た目に反して深い傷はないに等しい。

 さらに――


「〈再生の下位炎魔術リ・ファルス〉!!」


 エディットの適所で放つ治癒術が問題に拍車をかけた。

 刻む傷よりも、明らかに治癒の速度が上回っている。

 本来、術者、被術者共に足を止めて行うはずの治癒を戦闘の真っ最中に行っているのだ。

 

 この想定外の攻防がワーグの思考に雑音ノイズを生み出す。

 雑音ノイズが混ざれば相応に攻撃さえも雑になるという悪循環。

 

 だからこそ、自身の圧倒的なさえも見失っていた。


「ルリ! 岩の上まで下がって詩を!! ――〈星之導きメルアレン〉!!」


 絶え間なく叫び続けるエステル。

 ワーグの思考とは裏腹に、彼女たちが立つ薄氷は喉を震わす振動でさえ、砕け散ってもおかしくないほどに幾多のひび割れを刻んでいる。

 その心境を、取り乱したワーグが察せるかは別の話でもあるが。


「エディ! グレッグさんと離れすぎないで!! ……〈星之煌きメルケルン〉!!」


 事実としてエステルたちはワーグに対して攻撃の一つも掠らせていない。

 純粋に相手の魔力を撃ち抜く力も、相手に届かせる速度も、全てが足りていないのだ。


「グレッグさん! エディの前に!! 〈星之結界メルバリエ〉!!」


 万全の態勢では端から勝負にならないことは理解している。

 故に、全ての感覚を目の前の相手に注ぎ込み、を用いて勝負をしているように見せかけているだけ。

 動揺と疑心を誘い、相手が諦めることを待つ。相手が決定的な隙を見せる。という相手に依存した戦略を取らざるを得ないのだ。


(動きだけは……追える……でも、体が付いていかない……)


 エステルの思考に差し込まれた利点。

 それはワーグの動きを捉えられることである。

 経験豊かとは言えない彼女たちがなぜ……と。

 それは極々単純な理屈でもあった。


 降霊をしたワーグよりも、降霊をしていないセキの動きが上回っている。この覆しようもない真実が彼女たちにとって唯一の利点として命を繋ぎ止めていた。


(見えるからって油断できない! 一発でももらえばすぐにひっくり返される!)


 セキの動きを常に追う努力を怠らなかった彼女たちはワーグの速度に翻弄されることがない。

 さらに視覚的に学んだ彼女たちはセキがこなす獣の柔軟さを備えた、円の動きが染み付いていたのである。


(焦るな……まだ我慢……逃げる隙か、攻撃できる隙を待つんだ……!)


 獣が獣の動きをすることに違和感を感じることはない。

 そしてひとひとの動きをすることも同様だ。

 だが、ひとが獣のように動くことは違和感の塊でもある。

 故にブレるのだ。

 組んで日が浅いグレッグだけが盾術士という職の兼ね合いもあり、ワーグが捉えることは可能ではある。

 だが、その事実もエステルの思考範囲内であり、補うケアするようにパーティを動かしていた。


「ちぃーッ!! いつまでも付き合ってられるかよ――ッ!!」


 ワーグは当初の想定からは考えられない現状にしびれを切らしていた。

 だが、新米相手に引くなど己の誇りプライドが許さない。

 憤怒に塗れた思考の元、特大の跳躍を繰り出した。


「動きさえ止めりゃーなんてこたぁーねえッ!! 〈水底のデヴァイザ――」


 相手の陣形すら崩さず、力を以って制すためだけの行動。

 それは暗闇の洞窟を懸命に駆けたエステルたちにとって、出口となる光明を差すに等しい行為だということも知らずに。


「――みんなッ!! 今だよ!! 〈引月ルナベル〉ッ!!」


 死線の中で隠し通した詩が、最初にして最後となる好機チャンス引き金トリガーと成った。

 地面に滑りこませたサテラが輝くと、急激にワーグを彼女たちが待ち構える直下へ引き寄せる。

 そこへ飛び掛かったのはエディットだ。


「あなたには癒しの炎は似合いませんね――〈爪の下位炎魔術ウィグス・ファルス〉!!」


「ギッ!! グッ!! ――てめえ――ら! ふざ――」


 咄嗟に交差させたワーグの腕を焦がし切り裂く炎の揺らめき。

 さらに。


「散々好き勝手してくれたよなぁッ!! まとめて返すぜ! 〈振砕の下位風魔術ヴァイオラ・カルス〉ーーーッ!!」


「ゲボァッ!! ガアッ!? アアアアアッ!!!」


 エステルの行使するサテラへ引き寄せる力に真向から反発するように、魔力を帯びた盾を振り上げた。

 ワーグの腹部がくぐもった音を立ててなお、盾が帯びた魔力の振動が収まる気配を見せない。


「オオォォォーーーッ!!!」


 グレッグの咆哮と共にサテラの引力さえも引き千切るように盾を振り切った時、ワーグの体が再度宙に打ち上げられた。


はあなたの棺桶に使ってあげましょう。 〈騎士の下位風魔術エクウェス・カルス〉――ッ!!」


 無遠慮に向けられたルリーテの砲身が、翠光を放つ。

 詩の意味を知らずとも、その下位ルス級にありえない凝縮された魔力。

 そして魔力が作り出した眩いばかりの魔力体を前にワーグの思考は凍り付いた。


 だが――

 その刀尖が煌めいた時。

 森の奥から突如放たれた光線が魔力体を襲う。

 一本の直線を描いた光線は、穢れを知らぬ白き魔力を放っていた。

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