第221話 化物 その3

『チプッ……チプチプ!!』


 周囲の索敵を終えたチピが、身振りで北寄りの方角を指していた。


「これは……セキじゃないよね。セキなら一緒に戻ってくるだろうし……」


 囁き声でありながら、重めの声色トーンを響かせるのはエステルだ。


「やり過ごせりゃいいが……このまま身を隠しつつも戦闘準備だけはしておくか」


 岩に背を預けていたグレッグも中腰に変わり背負っていた盾を腕に通す。


「ダイフク様。見つけたのは一種ひとりでしょうか……?」


 ルリーテの問いにチピは全身を縦に振り、肯定を示している。

 己の手に視線を落としたルリーテ。

 虚ろ気に揺れていた焦点が定まった時、その瞳には覚悟が宿っていた。


「その方がどのような目的でいるかはまだ不明ですが……ある程度バラけてる可能性もあるので、一種ひとりだけ、と決めつけるのも危険そうですねっ」


 パーティ内で最小の体の利点を生かし、隙間の奥へ体を捻じ込んでいるエディットが、別の可能性を示している。

 これは先のテノン一種ひとりと決めつけていたことで、動種混獣ライカンスロープへの対応が後手に回った教訓からきたものであろう。


 思い過ごしであればいい。

 そんな思いを抱くことは弱さなのか。

 各々が自身に問いかける。



 だが、現実は非情。

 いや――ここに来て淡い期待を願うことじたいが甘さなのか。




「おいおいおいおい……それで隠れてるつもりかぁ~? 垂れ流しの魔力がおざなりすぎるだろぉ~」


 一同が思わず身を強張らせた。

 聞き覚えのある声に肩を跳ねさせたのはエステルだ。

 互いに無言で頷く。

 他を制すように手振りで示すとエステルだけが岩場から身を乗り出した。


「何か用ですか? ――なんて雰囲気じゃなさそうですね」


 呼吸が乱れ始めたことを認めると唇をきゅっと噛みしめる。

 断固とした強い意思をその瞳に灯しワーグと向き合った。


「お~! 話が早くて助かるな~! だが、ただのひと攫いと一緒にされちゃ~困るんだわ~……その証拠にお嬢ちゃんには用はね~んだわ。用があるのは石精種ジュピアなんでな?」


 両手の平を仰ぎ、飄々と語り掛けるワーグ。

 交渉する気もない、言わば蔑みさえも隠さない不遜な態度は自信の表れなのか。

 エステルの鋭い視線など意に介さず一歩足を踏み出した。


「おとなしく渡してくれりゃ~痛い目を見ることもない。そうすれば何事もなかったかのように楽しい冒険を続けられるってこった。悪い話じゃないだろぉ~?」


 臆することなく距離を詰めるワーグに対してエステルは徽杖バトンを握りしめる。

 だが、それよりも先に限界を迎えた男がいた。


「寝言を言いてえなら手伝ってやるよッ――!!」


 岩場の影から飛び出したグレッグが盾の一撃を見舞うも、即座に背後へ退いたワーグへ届くことはなかった。


「落ち着いて話もできねえとはなぁ……まぁお前ら程度なら俺だけで十分だ」


ひとを舐めるのも大概にしとけや――ッ!」


 腕から力を抜ききったように垂らしたワーグに対して、グレッグは盾を構えエステルの前に立つ。

 そこにさらに背後から覚悟と共に詩が響いた。


「〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉」


「〈再生の緋炎よ 祝福と成れ〉」


 影から身を乗り出したルリーテが迷うことなく、暴風の矢を放つ。

 しかし、ワーグが軽やかにその身を捻ると難なく矢を交わし、


「お~いたいた。なるべく無傷で捕らえて~んだけどなぁ」


 ルリーテへ歪んだ笑みを浮かべるも、その瞳がエディットへ向かった。


「それと……その降霊詩はなんだ~? 聞いたことねえなぁ……」


「あなた程度では知ることができないと言うことでしょう。才能の差でしょうかね?」


 ひと同士の争いは、気後れすれば後手に回ることとなる。

 そのことを理解しているエディットは臆することなく、嘲弄を口にした。


「ククッ……おもしれえーなぁ! 石精種ジュピア以外はいらねーことだし……後悔する時間を取ってやれねーのは心苦しいが……まぁ恨まないでくれや」


 四対一という状況に置いても一切の動揺を見せることがない。

 はぐれ星団という性質上、他者との駆け引きという点において、新種しんじん探求士たちに遅れをとるなど、頭の片隅にさえ据えることがないが故の態度が伺えた。


「ひさびさ過ぎて危うく降霊詩を忘れるところだったわ。さぁ~……出番だぞ『水底の緑牙グリンティス』……――〈水底の怨念よ 祝福と成れ〉」

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