第220話 化物 その2

「そろそろ……いいかな……? 少し走ろうっ!」


「ああ。森に入ってそれなりに経ったはずだ。周囲に種影ひとかげは見えねーが、念には念を入れて――だな」


 セキが視線に気が付いたことで、すでにエステルたちの思考は全て警戒に注がれている。

 視線の主にセキが向かっている間も、油断はできない。そんな思考の元、一行は進行速度を上げ始めていた。


「あまり目印になるような場所ではないほうが良さそうですね」


「あっちに流れてる川の周辺はどうですかね? 岩場もあるので視覚的には隠れやすいかとっ」

『チピピッ!』


 森の奥は巨大な樹がそびえ立っていることもはっきりと見える。

 だが、あえて彼女たちは獣道からも外れるような川辺に身を潜めることを選択した。

 それは彼女たちの警戒度の高さを表していた。


「うん。そこにしよう! セキが感じた視線以外にも潜んでるかもしれない以上、隠れながら周囲を警戒してセキを待とう。目印がないから見つけにくいだろうけど、他のひとがいたとしても同じように見つけにくいはずだから……!」


「だな。こっちの地域はまだ探求士たちの姿も少ねーから心配や物珍しさから視られてたなら、別に構いやしねーが……用心に越したこたーねえ」


 エステルたちが直接被害を受けた経験がないとは言え、テノンの件もまだ記憶に新しい。

 取り越し苦労になるならそれに越したことはない。という共通の認識の元での迅速な行動だ。


「チピ。ここはあなたの感知が頼りになるかもだから、注意しててねっ」


『チッピィ!!』


 岩場の隙間に各々が体を滑らせ身を隠すと同時にチピは羽ばたいていった。



◇◆

「――がッ……ゲルニ……いつの……ま……に……」


「クハハッ!! ファウストとワーグも結局動き出してるみてえだなぁ~! お前らは探知向けってところかぁ~? 気が付いたのはたいしたもんだが……俺様をりたいなら総出で来るべきだったなぁ~……おぉ~っとそれでも無理かっ」


 胸に突き刺した短剣を執拗にねぶり回す。

 黒き軽鎧ライトアーマーと赤い襟巻きスカーフを携えた男は、歪んだ口元から歓喜の声と共に唇を舐めた。


「お前らのはぐれ星団……『夜霧亡霊ゲシュペンスト』な~んて呼ばれて図に乗ってるみたいだがなぁ~……雑魚はいくら群れても雑魚でしかね~んだよぉ~」


 短剣に更なる力を込め……――捻り上げる。

 噴き出す血飛沫に嫌悪感どころか、恍惚の表情さえ浮かべ。


「ゲハッ――ッ! きさま……などに……教えることはねえ……」


「あ~っそ――」


 興味を無くしたようにもう片方の短剣が首を跳ね飛ばすと、男の体は力無くその場に崩れ落ち、その場に二つ目の首のない亡骸が転がることとなった。

 亡骸は共に正規の探求士とは言えない服装であり、この二名がはぐれ星団であると見分けることはゲルニでなくとも容易であろう。


「――ったく……せっかく石精種ジュピアを捕捉したってのに時間を食っちまったぜぇ……森の中に入ってったからそのまま掻っ攫っちまうかぁ~」


 ゲルニは己の頬に付着した血痕をぺろり、と舐め短剣を鞘へ戻した。


「ファウストも来てるようだし……ついでに立場を分からせてやるのも――」


「――おい」


 背後からの声。

 ゲルニは弾けるように距離を取り、振り返った。

 その場に立っていたのは赤い髪と真紅の外衣コートを纏う男。セキであった。


「あ~? プッ……! おめー石精種ジュピアの連れじゃねーか! この雑魚共殺してる気配で気が付いたのか~?」


石精種ジュピアっつったな? それが目的か?」


 セキは小馬鹿にするような口元の歪みに興味を示すことも、質問に答える意思もない。

 ただただ抑揚のない声で、必要な事柄だけを訪ねた。


「用があんのは石精種ジュピアだけだってのに……はぁ……おとなしくしてりゃ~見逃してやったのになぁ~っ! ――ってか、おめー……カスすぎだろ? 魔力がさっぱり感じね~よぉ~……クハハッ!!」


「お前がどう感じ取るかに興味はない……んで、思った通り石精種ジュピアが狙いなら……――」


 飄々とした態度で見下すと、重みの一切がない軽い口を流暢に回すゲルニ。

 セキの瞳から、ひとの温かみが消えていくことも気が付かずに……。


「狙いなら……なんだぁ~? クハッ!! クハハハッ!! 物知らずはある意味すげえぜぇ~! 分かるかぁ~? 一流は名を知られることはねえ。二つ名なんぞ名乗っても相手は――」


「――お前の話に興味はねえ」


 セキがゲルニの言葉を制止するよう手の平を向けた。


「クハハハッ!! それがおめーの最後の言葉でいいのかぁ~? クールでかっこいいぜ~?」


 ゲルニが腹を抱えながら告げた時、セキの限りなく無機質な瞳と向き合った。


 そして――

 この赤髪の男を前にした直後から、己の首に死神の鎌が添えられていたことを悟った。


 音もなく――


 余韻もなく――


 興味の欠片すらなく――


 セキが一瞥もくれずに立ち去ったその場に、三つ目の亡骸が転がっていた。

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