第223話 化物 その5
魔力体が光線を薙ぎ払う。
しかし、その隙をワーグは見逃すことはなかった。
咄嗟に体を捻り少しでも距離を稼ぐ。
その最後の抵抗が功を奏したのか、魔力体は消滅するが……
「ぐっ……ぎぃ……い……
魔力体の刀尖が煌めいた刹那、既にワーグの片腕は輪切り、いや細切れとされていたのだ。
横槍さえ入らなければ、その身も同様の結末を迎えたことは想像に難くない。
全ての注意をワーグに向けていたエステルたちは騒ぎ転げまわるワーグを余所に、森の奥へ視線を這わせた。
「キヒッ……!! ワァァァァグゥゥゥゥ……おまっ……お前……ほんと笑わせてくれるじゃねーか!! ――ちょっ……キヒッキヒヒヒヒッ!!」
せめて無表情であったならば……精悍な顔立ちと誰もが認めるであろう男が、下卑た笑い声と共に歪んだ口元を携えそこに居た。
限りなく白に近い金色の髪を揺らしながら歩み寄る姿は、ワーグとは比べ物にならないほどに美しい。
重ねて言うが、その表情さえ見なければ――であるが。
「だ……団長!! こいつら……」
「あ~……おもしれーもん見たわ。ガキどもに翻弄されるたぁ~なぁ~……いやぁ~出向いてみるもんだなぁ~」
はぐれ星団と言うにはあまりにも不釣り合いな容姿。
神聖ささえ漂う白を基調とした服装。
振る舞いさえ貴族が社交界に出向くが如く洗練されている。
雰囲気という一点のみに限れば、
――にも関わらず口調とその歪んだ口元との
「だが、逃がすのはダリぃ~からなぁ……『
思考の隙間を許さないファウストの降霊。
降霊時に精霊の姿が顕現するほどの魔力はワーグが持ち得ないものだ。
全てを見透かすような巨大な瞳。
そこから生える巨瞳に劣らぬ存在感を醸し出すいくつもの純白の翼。
頭を持たず――
鼻を持たず――
口を持たず――
耳を持たず――
腕を持たず――
足を持たず――
体さえもない――
慈悲を持たない天の使いがいれば、このような姿になるのだろうか。
そんな思いさえ駆け巡った。
エステルたちの脳裏に等しく。
幻想と現実の狭間に住むことを許された存在であるかのように、目を背けることが許されない。
そんな気持ちと魂に訴えかける悍ましさに目を背けたいという相反する心情がぶつかり合っていた。
ファウスト自身の実力を踏まえた時、この降霊に意味を見出すことはできない。
それほどまでに断絶した力の差が確かめるまでもなく存在しているのだ。
だが、最悪という一言はまさにこの時のために用意された言葉であろう。
いまだ姿を捉えていないゲルニ。
そして、ファウストでさえ思わず手を出すこととなったルリーテの強靭な詩。
この二点が重なったことが、ファウストの遊び心に火を灯してしまったのだ。
「――な……あ……あんな精霊を……ひ、
グレッグは砂を飲み干したような擦れた声を振り絞った。
降霊状態と成ったファウストが放つ、生きることを諦めるに足る威圧の前にできる唯一にして最後の抵抗。
残すは、
立ち向かうという思考。
逃げるという思考。
いや――すでに思考さえもあの白い翼に塗り潰されたように、純然たる絶望の風味を潤いの失われた口内で噛みしめるだけだった。
不意にファウストの指先がグレッグの眉間へ向けられた。
「盾術士らしく止めてみるか……? そのカビ
指先から放たれた白き針。
焦点すら定まらぬ今のグレッグが認識することなど到底不可能だ。
音もなく迫る魔力の針に構えることさえできなかったが、
「――何をボケッとしているのですか!! 逃げるんですよ――ッ!!」
横から飛び着いたルリーテのおかげで間一髪。耳を穿たれるに留まった。
「みんな動いて――ッ!! 〈
「分かっています!! 〈
エディットの渾身の火弾をエステルが星の力で増幅し、迷うことなくファウストに放った直後、
「森の中に走ってェェェーーーッ!!」
間髪入れずに撤退の指示を吠えた。
なりふり構わぬ叫びは、静けさに包まれた森の奥まで浸透するほどの声量を誇り、ファウストに聞かれることさえも承知の上であった。
硬直した体をそのままにルリーテに引きずられるグレッグ。
エディットは小柄な体躯で岩場を飛び跳ね、エステルは詩の着弾さえ確認せぬままに背を向けて走り出していた。
事実としてファウストは詩を意に介さず、最小限の動きで躱すと指先がエステルたちの行く手を指した。
「キヒヒッ!! ガキどもがケツを振って逃げ惑ったところで何の色気もありゃしね~なぁ……――〈
エステルの行く手に、突如として
はっきりと目視していたはずの森が霞むほどに。
「――す……すまねえ!! 諦めてる場合じゃねえよなッ!! ルリーテ助かったぜ!!」
ルリーテに引きずられていたグレッグがようやく我を取り戻すに至るが、全身から吹き出した汗はまるで
「それも
隣に立つ仲間さえ霞みだした時、霧に込められた魔力圧に戦慄を覚える。
走り抜ければすぐそこに森があるにも関わらず、進むことさえ戸惑われるほどの濃度に少女たちは互いに背を預け合った。
「さぁ~て……
ファウストの詩に呼応した霧が形を作り出すと同時に視界が開けていく。
そして――
霧の微粒子たちが姿を消し去った時、
「全員オレの後ろに隠れろォーーーッ!!!」
十を優に超える白き
「〈
ファウストが突き出した手を握りしめた時、命を与えられたかのように
――直後。
彼女たち全員が映し出していた色とりどりであるはずの世界が、一瞬にして真紅の色に染まっていた。
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