第314話 最古の竜

「それまでも外に出ることはあったわ。でも、今の情勢なんて気にすることなんてなかった。ただ、新たな詩の情報でも掴めれば――っていう目的だった」


 取り繕うことのない言葉は、肩の荷を下ろしたことを示すように、淀みなく紡がれていく。

 話し始めた頃よりも、体の強張りもほぐれたように、エステルたちを見回す姿さえも見受けられた。


「そんな中で『灼翼の鳥神ガルーダ』が目覚めた。ブロージェの抵抗も空しく、国としての体裁が取り繕うこともできないほどの被害を受けたことも同時に知ったわ」


 穏やかな瞳に鋭さが宿る。その視線は自身の微かに震える手に注がれている。


「必死で生きようとするひとたちを見てたら、何かできることはないか――って、無意識に体が動いちゃった」


 腕から力を抜いたことを示すように、手の平を返す。ルピナがどこまでも章術士であり、誰かのために動くことを厭わない種物じんぶつなのだ、とこの場の誰もが、そう感じ取った。


「でも……目立つ行動をするわけにはいかなかったわ。だから……ごめんなさい」


 そこで意味を理解しかねる謝罪と共に頭を下げる。不意を突かれる形となり、耳を傾けていた誰もが肩を跳ねさせた。


「な……なんで謝るんですか! あれだけでも十分……お母さんだって逃げるひとたちだって助けられたって……!」


「ルピナさん。ガルーダあいつ倒せたってことですよね?」


 セキが意図を嚙みほぐす形で伝えると、エステルたちは声にならない声を上げる。そこで、各々の見開いた目が問いかけるようにルピナへと注がれた。


「倒せるか……はわからない。でも――ブロージェの騎士団や星団と協力できれば……あの惨劇は……食い止められたって……思う」


 自身の目で見て、なお明言ができるという事実。自惚れや慢心とは無縁であり、章術士として。パーティを束ねるものとして、ルピナの力量の高さが垣間見えた瞬間でもあった。


「実際にその後……数年前にガルーダが討伐されたときは、色んな星団に呼び掛けたりして、倒してたよね。とっても強い女性ひとと、年齢に見合わない強さの男の子が中心になって呼び掛けてたのは知っていたから」


 行く末を見守っていたことを示すこの言葉は、ルピナの性格を表していた。影ながらにステアを助けたように、目に見えない形の手助けをしていたのだろう、と。


「あの女性ひとと男の子だけでも、私が加護でサポートしていれば、あの討伐時の戦いだって……ね」


「あははっ。姉さんはむちゃくちゃ強かったですからね。ジジイをあの強度まで高められるなら、たしかに姉さんとルピナさんだけでもガルーダあいつと互角にやり合えたかもしれないですね」


 至って冷静に話を進めていたルピナが明らかに思考を止めた。それは先ほどのエステルたちと同様、まさに絶句した状態である。

 だが、逆にサポートできる、ということは、カグヤと同等の力量を持っているという意味でもあった。


「姉さん……って、あのときの男の子……セキくんだった……の?」


 セキが大きくそれでいてゆっくりと頷く。するとルピナは、「むしろ……納得できるかも」と、指の腹を艶やかな唇へ添えていた。


「そっか……やっぱりひとはどこで繋がっているか。本当にわからないものなのね……」


「はい。でも……おかげでわたしもお母さんも無事に大陸を渡ることができました。そして『ルナ』のおかげで、病気の進行も抑えてもらうことができました。本当に……ありがとうございます」


 エステルが地に擦れるほどに頭を下げる。受けるルピナは、はにかむような笑顔を向けるばかりだ。


「私の魔力が混ざっちゃってるから扱うの大変だったでしょ?」


「――え、いや、そんなことは……もともと私の素質じゃ、どの星を操るのも種一倍ひといちばいの努力が必要なので……」


「そう? 『引月インゲツ』なんて、もともと『月』の力にはないわ。私の黒――じゃなくて今は『暗』っていうのかしら? その魔力が混ざって『吸収』に近い引き寄せる力が発動しちゃってたから」


「いえ! いっぱい助けられましたから……! それに森でわたしが迷わなかったのも、ルナが黒の魔力をもっていたからですし……!」


「ふふっ……そっかぁ……うん――」


 ルピナは「それなら……よかった」、と子供のように無邪気でありながらも、成長を喜ぶ母親のような朗らかな笑みをエステルへ向けた。

 そこへルリーテが料理を各々へ配り歩いていく。手の込んだ料理を作るような状況ではなかったが、差し出された魚料理を頬張るルピナは料理の温もりを確かめるように瞼を下ろしながら味わっている。

 そこへ――


「あ……の」


 料理に口も付けず、呼び掛けたのはエディットだ。ずっと話の機会を伺っていたようで、抑えていた気持ちをついに口に出したようでもあった。


「あなたにも……ひどいこと言っちゃったわね」


「そんなことはいいんです! でも……あの……本当に……」


「魔女と呼ばれた私本種ほんにんが否定したところで……だけどね。暗精種ダークエルフひとたちと一緒に戦ったのは、真実よ」


 前かがみの姿勢に近い形であったエディットが、その言葉に胸を撫で下ろしながら腰を下ろした。

 続けてルピナはちらりとセキへ視線を向けると、やや息を呑み言葉を続けた。


「その話をする上で、先に言っておかないといけないことがあるの」


 間を置いた意味がわからずとも、重要だということは明らか。料理を配り終えたルリーテが丸太に腰を下ろすと、ルピナは一度瞼を下ろし、


「でも……きっとあなたたち、真実だって理解できてしまうわ」


 囁くように口を動かした。


「私は竜の契約者だったの。契約相手は漆黒の竜。『闇夜の征服者ジアード』」


 誰もが瞳孔を開く中で、セキだけが視線を頭上に寄せた。


「私はもともと、サテラの精霊である『ニュクス』という精霊と契約していたわ。でも、ある日の出会いで、ニュクスにくわえて、ジアードとも契約することになったの」


 カグツチまでもが食べる手を止めた。


「普通なら、世迷い言――よね。でも、あなたたちはきっとそうはならない……でしょ?」


 エステルたちの意識は混濁の渦に飲み込まれるばかりだ。ゆえにここで口を開くべきはセキ――のはずだった。

 だが、


「すまんの。混乱を避けるために黙っていたことが、今ここでより混乱を呼び込んでしまったようだの」


 喉を震わせたのはカグツチだった。

 小さな手で主の頭を叩き、自身が告げるべきだ、ということをセキに伝えている。


「……え? それはどういう意味です……か?」


「うむ。まずは我の話からすべきだの」


 ルピナが戸惑いの色を表情に浮かび上がらせると、カグツチはセキの頭の上で立ちあがり、周囲を見回した。


「改めて……いや、初めて真実を伝えよう。我はカグツチ。最古にして最強の存在であり……――カグヤの命。そしてセキの精霊『ヒノ』を喰らった竜そのものだの」

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