第315話 歴史の表側

「わざわざ誤解を招くような言い方をしなくてもいい」


「真実だからの」


 セキの言葉は若干ではあるものの、冷ややかさを感じる響きだった。


「今重要なことは竜の存在だから、簡単な説明になるけど……」


 隠していたことの負い目からか、セキの淀んだ口調が迷いの音色を織りなしている。次いで歯を軋ませながらも顔を上げた。

 対してエステルたちは思慮外の言葉に茫然とカグツチに瞳を向けていた――が、彼女たちは、情報の波に流されるままを良しとはしなかった。この状況に向き合おうと、虚ろであった瞳に必死で意思の光を宿すべく、セキと向き合った。


「姉さんの話は前に言ったとおり、『かさね』だよ。ただ――そのかさねがカグツチの爪の力を宿した個体だった」


 説明下手とは異なる、やや乱雑な説明だ。告げるタイミングを見計らっていたようでいても、事実として逃げ――後回しにして来た。そんなツケを払う自身に対する失望も相まっているのだろう。


「――んで……おれの精霊は、もともと三原の火サラマンダーだった。ただ……カグツチのかさねを倒したときに……ね」


 さらに口調が尻つぼみとなる。

 意識してか、しないでか、セキは表情を隠すように、自身の手で顔を鷲掴みしている。


「おれの精霊……ヒノは自分の器以上の力を引き出した。枠を超越したんだ。でも……結果として、存在を維持することすらできなくなった」


 微かに漏れ出す怒りの色。だが、セキとカグツチ以外に理解を示せるものは残念ながらこの場にいない。

 セキの中ではいまだに渦巻いているのだ――


「おれも戦いの傷で死にかけていたし……そんなタイミングで精霊との契約もなくなれば、加護も消えて……本来ならそこで死ぬ運命だった」


「――そこでヒノが我に力を委ねたんだの」


「セキは死にかけ、そしてヒノは消滅寸前であった以上、ルピナのように追加で契約もできんことは、ヒノ自身がわかっておったからの」


「だからヒノは我に存在ごと喰らわすことで、契約を……


 そう、ヒノが独断で行った行動に対しての怒りが。

 カグツチに向けるわけではない。共に歩み、共に成長を誓い、そして最後さえも共にあるはずだった精霊ヒノに。

 奇しくもそれは、エディットに告げず、命を懸けたワッツたちの心情に酷似していた。


「まぁ……そのうちゆるりと……話せるようになるといいの。セキ」


「隠したいわけでも……なかったんだけどな」


 どうしても漏れ出てしまう感情。そんな感情に振り回される自分を、エステルたちに見せたくなかった、それが本音であろうことは、この場の誰もが言わずとも理解している。

 だからこそ、エステルは何も言わず、ただ慈しむような瞳をセキに向け、静かに頷くだけだった。


「精獣格どころじゃなかった――っつーことだな。大丈夫だ。もともとが遥か上だったんだ。上過ぎて違いが見出せねえ」


 グレッグなりの気遣いをみせると、エステルたちも同意を示すように微笑んだ。


「てっきり竜の存在を知らせていると思ってたから……――」


 ルピナが謝罪の意を示そうとするも、セキは手の平を向け首を振った。自身の蒔いた種であり、いま優先すべきことを忘れているわけではない。と、ルピナへ暗に伝えるようでもあった。


「まぁ我に言わせればジアードなら……ひとに手を貸しても不思議ではないがの」


 言いながらカグツチが浅い嘆息をはく。


「やっぱり……ここも歴史とは違うんですね……わたしたちの知る歴史は、ジアード、大海の覇者リヴァイアサン大地の統治者ベヒーモス。そして劫火の化身カグツチが世界を滅ぼそうとしたって……」


「ほぼ……逆よ。白竜と呼ばれた『明光の解放者アルブエル』これが世界を混沌に導いた元凶と、私はジア様から聞いたわ。歴史では種々ひとびとを守るために戦った――なんて伝えられているけどね」


 ルピナが淀みなく否定の言葉を口にした。黒竜と呼ばれ忌み嫌われたジアードとの過去に思いを馳せるように。それでいて悲哀を含んだ瞳に、思わずエステルは口を噤む。


大空の支配者ルドラも立ち位置としては白竜側だったけど……――」


ルドラあやつは良くも悪くも、弱者に見向きもせんからの。あやつが白竜側についたのは、ただ我と戦うためだの」


「カグツチ様は……ひとのために動かれたのですか?」


「んや、我は何も興味がなかったの。ただ世界の混乱ついでにあやつが挑んできたから相手をしただけだの。結果として楽しめたがの」


 カグツチは今の風貌からは想像もできないほど、淡泊な答えを返す。だが、ルピナが驚く様子はない。それはジアードから当時のカグツチの在り方を聞いていたことも大きいと予想ができる。


「でも、エステルちゃんの反応通り歴史としては、敵……よね。でも、復活したばかりのジア様を信じた種族もいたわ」


「それが……あたしたちのご先祖様たち……ですか?」


「そう。それが暗精種ダークエルフたち。もともと魔獣と契約する術にも長けていたし、まず対話を試みたことが功を奏したの」


 歴史の裏側――ではない。隠されていただけの表側をルピナは今、伝えているのだ。

 不謹慎と思われることも承知の上で、エステルだけでなく、グレッグも、ルリーテも、そしてエディットでさえも、胸の鼓動を抑えることはできなかった。


「でも、熟練の暗精種ダークエルフたちでも契約することは叶わなかった。ジア様は完全とは程遠い形での復活だったにもかかわらず……ね」


「千年前でもすでに竜が完全な形で復活できるほどの自然魔力ナトラは、もう世界に満ちていなかったんですね……」


 エステルの問いにルピナは静かに頷いた。この世界は千年の周期で魔力が溢れ出すことは周知の事実だ。

 だが、世界を満たす魔力がじょじょに薄くなっている、という見方が有力説であった。


「それで黒の魔力を扱う私に、知り合いだった暗精種ダークエルフから話がきたの……結果として、それで契約することになったわ」


 語る声が少しずつ。だが、確実に怒気を含み始めている。いまだに当時を振り返れば鮮明に状況を思い出せるということだろう。


「そしてその事実がどこからか漏れたとき、明精種ライトエルフたちを筆頭に弾圧が始まったの。あの頃は、種族間の対立も顕著だったし……歴史が邪竜だと謳う以上、大義も掲げやすいわよね」


 ルピナは半ば呆れたように。いや、諦めたように肩を落とした。そこで一息つくようにカップに口を付けると、浅いため息と共に締めくくる言葉を吐いた。


「あとは歴史に語られている通り、私たちの負け。暗精種ダークエルフたちは大陸を追われることになったってこと……ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る