第316話 黒衣の魔女

「私と仲間たちも歴史から消されてるけど……炎を纏う鳥の精霊。その契約者にこの身を焼かれ……そこで私のひととしての生は終わったわ。この体でも顔を治さなかったのはその気持ちを……忘れないため」


 その言葉で一斉にエディットの頭上に視線が集中する。だが、チピは全身を躍動させ否定を示すように体を振るっていた。

 もちろんルピナもそれは理解している。だからこそ、


 「似たような精霊かはわからないけど、結局は精霊が、というよりも元凶は契約者だしね。もう千年も経ってる以上、子孫が残ってるかだって怪しいわ」


 と、微笑を添え穏やかな口調で、場を収めていた。


「ジア様も恐らくは自然魔力ナトラの流れに還されたんだと思う。この体になってから気配を探ったけど、ぜんぜん感じることができなかったから……――と、まぁこれが私の味気ない生き様よ」


 ぎこちない微笑みと共に、ルピナは締めを飾った。


「やっぱりルピナさんは、あたしたち暗精種ダークエルフの味方をしてくれたんですね……」


「私が契約しちゃったことが引き金みたいなところはあったから……でも、さっきは後悔してるなんて突き放すような言い方で……ごめんね。みんな――仲間も納得した上ではあったけど……もし私が契約しなければ、なんて思うこともあったわ」


「それはルピナさんが悪いわけじゃ……! 今さらですけど、当時の明精種ライトエルフたちに問題があったわけで……!」


「そう。当時の――なのよね。今は街で両種族が、当たり前のように語り合う姿を見かけることも少なくないわ……だから、なおさら蒸し返すこともない――って思ってる」


 すでに精杯という自身の核を破壊された以上、ルピナは己の消滅を待つだけの身だ。千年の積み重ねの末、何も残すことなく消えることをただ待つ。そんな心境を考えたとき、エステルは身震いするほどの寒気を覚えていた。


「あの……例えば新しい精杯があれば……」


「ううん。あの壊された精杯じたいが今の私の心臓のようなものだったから。そして、この世に精霊体として繋ぎとめる役割も担っていたの。新しい器を用意しても満たすための肉体魔力アトラはもう……ないしね」


「あと……どれくらいの時間が残されているんですか……?」


「アルヴィス様は一週間とおっしゃっていたけど……おとなしくして、二週間ってところかしらね。だからこれで……『黒衣の魔女ダークウィッチ』の物語も……本当におしまいっ」


 空元気であることは誰が見ても明白である。

 それでもルピナが大きく息を吐きながら空を見上げる表情は、呪縛から解放されたように清々しく、そして瞳には微かな星の光さえ宿しているようでもあった。


「その忌み名のままで……いいんですか?」


「ふふっ……しょうがないわ。それにこの通り名は結構気に入っているのよ? 二つ名は別で受け取ったけど、こっちのほうが気に入ってるの。魔術を扱うなら魔女ウィッチなんて呼ばれてうれしくないわけないもの」


 表情から読み取れば、強がりでないことは一目瞭然。己が積み上げた力だという確固たる自負があるからこそ、周囲がどのように目を向けようが胸を張っていられるのだろう。


「私自身の終わりはこれでいいの。最後に過ちを犯す前に止めてもらえたから。ただ……子供もいないから積み上げたこの詩が無に帰すことが少し、悔しい……かな」


 ルピナが生きた期間は千年を超えるが、見た目で言えば、セキと大差のない年齢で止まっていることがわかる。

 ここにきて想いを継ぐ相手がいないことに少しだけ視線を落とす。そんなルピナの姿に、エステルは胸に渦巻いていた思いが、つい喉元を通り過ぎたことに気が付いた。


「わたし……でも、ルピナさんのように……なれますか?」


「もちろんなれるわよ」


 エステルの鼓動が跳ね上がった。何を根拠にそう感じたのかさえわからず、考える間も置かないほどにあっさりと告げたにもかかわらず、だ。


「私は黒の魔力という才があったけど、そのおかげで今の強さを手に入れられたわけじゃないもの」


 声を張り上げたわけでも、大仰な仕草で煙に巻いたわけでもない。己の自信の源、ブレることのない芯が一本通っていることを自覚しているからこそ、ここまでエステルたちに説得力という重みを感じさせることができるのだ。


「仲間たちとがむしゃらに頑張った時間があったから……無謀と言われたって平気で突っ込んで、命からがら逃げだすハメになったりね」


 ルピナがエステルを皮切りに次々に視線を移す。それはあたかも「あなたたちのようにね」と告げているようでもあった。


「ん~……でも最終的にあんな終わり方をしちゃったから、お勧めはしちゃいけないかも?」


 ルピナは顎先に指を添え首を傾げる。

 とぼけたようなその顔は、仲間を思い出し懐かしむ過去の彼女そのものであり、ヒリつくほどに気を張り、心を押し殺すために偽りの仮面を纏っていた彼女は、すでに過去のもののように感じさせた。


「エステルちゃんが良ければ……もう残ってる時間はないも同然だけど……」


「――おねがいしますっ!」


 ルピナが言い切る前に、エステルが地面に膝を付き声を張り上げる。


「いいけど……私が教えられることは『黒衣の魔女ダークウィッチ』と呼ばれた魔術そのものよ?」


「おねがいします! わたしが……わたしがこの現代で『黒衣の魔女ダークウィッチ』が忌み名じゃないって……偉大な章術士の名だって……証明したいんです!」


 自身の命の恩種おんじんでもあるルピナの汚名を雪ぎたい。それが、エステルが胸に宿したほのかな――いや、眩いまでの強い想いだった。

 するとセキがおもむろに立ち上がり、周囲を見回した。


「それじゃ~残りの時間を充実した日々にするために食料――いや、力のつく肉でも調達してこないと、だね。ルリ、ちょっとどれを狩ればいいかわからないから、一緒に狩り付き合ってもらっていい?」


 ここでセキが反対をするわけもなく、当然のように動き出す。そしてこの言葉を受ければ言うまでもなく、


「もちろんです。ですが、なかなか獣も見つからないかもしれませんので、ふ……ふたりでの時間が長引いてしまうやもしれませんが……それも致し方なし……というところでしょうか……」


 ルリーテが頬を赤らめて頷いているあたり、やや趣旨がズレているようだが、迷わずに立ち上がった。


「――っし! エディ。オレたちはしっかり寝床を作るとするか! お前さんの野宿の知識を活用させてもらうぜ……!」


「お任せくださいっ! 草木は豊富なので快適な寝床をお作りしますよ!」


 いても立ってもいられない。そんな体のうずきを覚えたのだろう。グレッグとエディットも腰をあげ、明確な賛成の意思を示してみせた。


「あはっ。みんな……ありがとう……!」


 そんなエステルたちの姿を見つめるルピナの目は、我が子を見守る親のように穏やかであり、口元の緩みを隠そうともせず、嬉しそうに。そしてどこか懐かしむように、その光景を心に描きとめているようでもあった。



 これより一か月の期間。そしてセキの故郷、コト村の滞在期間を合わせ二か月。見違えるほどの成長をするには、本来短すぎる期間でもある。

 だが、それはあくまでも一般的な話である。

 ひとはきっかけしだいで、どこまでも強くなれる。どこまでも高みへのぼることができる。

 それを彼女たちは示すことになるだろう。



 三か月後。

 ランパーブ国の首都。レルヴの紹介所にて、新たな『星団』設立の申請が提出された。

 申請を受領した職員は、申請書に書かれた星団名を確認するや否や、申請者に対して入念な確認を促す。

 申請者は白髪を揺らし、ほのかに緩んだ口元から八重歯を覗かせ、「間違えでも、いたずらでもありませんっ!」と、言うと職員も承諾せざるを得なかった。


 受理した旨を告げると申請者は、踵を返し出口に向かう。そこで、申請者である彼女は、現存しているほうが珍しいほどに古い時代の短円套ショートマントを羽織っていた。


 申請書に書かれた星団名は――


 『黒衣の魔女ダークウィッチ


 これは彼女たちが歴史を覆す物語である。




         パレット探求記 第7章 滅びた国と魔女

 

                 並びに


                 第一部

                  完





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パレット探求記を読んでくれたみなさま。

まことにありがとうございます。

今後の方針について、ノートに記載しております。

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この長編にお付き合いいただき、まことにありがとうございました!

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パレット探求記 赤ひげ @zeon4992

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