第233話 パレット探求記

二種ふたりとも……ほんとに――ごめんっ……!」


 宿の扉を開けた第一声だ。

 ルリーテとエディットがその声に振り返るも、エステルの後頭部が見えるだけだ。


「セキに言われていっぱい気が付いた……だから、また一緒に……冒険をさせてほしい――!」


 深々と腰を折ったまま微動だにせず、二種ふたりを視界に捉えることはない。

 

「頭を上げてください。わたしも……同じようにぶつけ所のない自分への怒りをエステル様に……なので同罪です」


 両肩へ手を添えると碧色の輝きを放つ瞳がエステルを捉えた。

 波打ち際の宝石のように瞬きのたび、目尻の雫が美しい瞳を濡らしている。


「あのままでしたら、あの場ではなくとも、いつか誰かが気持ちを爆発させてたと思いますからねっ。あたしでもルリさんでもおかしくないほどに……あの戦いは衝撃的でしたので……!」


 遅かれ早かれ……ならば、早いほうがいい。そう、エディットは告げているのだ。

 そうすれば後は――結束を強めていくだけなのだから、と。


「うん……でも、あの言葉は口に出したらいけなかったって……今でも思ってる。言葉にしたら零れちゃうものだって……――」


「あるかもしれないね」


 遅れて宿にたどり着いたセキである。

 チピは頭で鎮座しており、未だ邪魔をせぬよう鳴き声を我慢している様子だが、カグツチの姿を木円卓テーブル上に見つけると、隣へ羽ばたいていく。



「でも……おれは『刀』じゃなくて……エステルの『仲間』としてここにいる。だから……ちゃんと零れたモノを、両手を使って受け止めることができたよ?」


 刀として――ただの強さを求めた集まりなら、このようなことは必要ないのだろう。

 戦うだけの強さが結束の理由ならば、脱落したものは捨て置けばいい。


 だが、エステルを中心に据えたこの集まりパーティはそうではない。

 冒険を……未知に挑む探求者たちなのだから。


「そうですねっ。あたしの時はエステルさんに止めてもらったのに……今回のこと、あたしが止められなくて不甲斐なかったですが……もう顔を俯けるのは……やめましょう……!」


「俯いてる姿はあまり……似合っていません。だから……前を向きましょう……一緒に」


 溢れる涙を抑える術はない。

 いや、仲間たちの言葉を、真っ直ぐに受け止めたからこそ湧き出た幸せの泉を、抑える必要などないのだ。

 衝動のままに姉妹は抱き合い、お互いの大切さを改めて温もりと共に実感した。


 それを見守る青年と少女も、いつしか鼻を啜るだけに留まらず、涙に咽ぶ姿を見せていた。


 緋色の小鳥が不思議そうに首を傾げながら隣を見た時、そこには誇らしげに青年を見守るカグツチの姿があった。


 チピの知らぬカグツチの表情かおは、慈しむような眼差しでありながら……追憶の中の誰かへ胸を張っているようにも映っていた――



◇◆

「期間契約終わってるんだから攫っちゃおうよぉ~……」


 翌日。

 前夜の団結を踏まえ、エステルが謝罪のためにグレッグの元へ向かうことを告げた際の出来事である。


 セキ以外の三名は前日の失態をパーティ全体の負い目と捉えており、謝罪を目的とするべきという主張に対して、セキは関係なしにパーティに引き込もうという意見のぶつかり合いであった。

 ちなみにカグツチはこのような場で珍しく、セキと同意見である。

 チピもセキの頭上で鳴いているため、引き込み派のようだ。


「うじうじ引きずらないようにしてくれたセキには感謝してる……けど……それはパーティ内の話であって……」


「セキ様のお気持ちは分かるのですが……昨日は大問題でしたが、もう大丈夫です――は、さすがに伝えにくいですね……」


「グレッグさん自身も、お二種ふたりなら……とは言ってくれてましたが、あのひと、気が回る方なので素直に甘えるのは気が引けますね……」




 その結果、セキが一向に納得せずも、エステルが単独で謝罪に向かうという流れとなっていた。

 セキが当然のように尾行しており、それを見たルリーテとエディットも付いてきているため、結局全員ではあるが。


「――え……あ、そうですか……クエスト……じゃなくて引き払っちゃったんですね……」


 グレッグが滞在していた宿の受付との会話である。

 以前から伝えられていたようで、受付の応対も至って自然体であった。


「……なら――いるかな」


 エステルがクエスト紹介所へ向かって走り出す。

 街を出ているならばアテがない以上お手上げだ。

 だからこそ今は紹介所にいることを願うしかない。

 そして時間帯的にも、まだ多くの探求士は出発準備の時間である以上、そこで見つけるための迅速な行動だ。


 すると紹介所の前にそびえる一本樹に寄りかかっている見知った姿を捉えた。

 重鎧ヘビーアーマーは脱いでいるが見間違えるはずもないその男。グレッグの姿があったのだ。


「グレッグさん!! 会えてよかった……」


「その様子だと大丈夫だったみてーだな」


 駆け寄るエステルへ手を上げて答えたグレッグ。

 安堵の表情でもあるが、大袈裟ではない。

 エディットの告げていた通りの信頼を寄せていることが伺えた。


「昨日はほんとに……ごめんなさい! でも……ちゃんとみんなで話して……また一緒に頑張って行こうって前を向けたから……!」


「謝るこたぁーねえって言いてえがな。あの状況じゃ取り乱さねえほうがどうかしてる。だが……前を向けたなら何よりだっ!」


 握りしめた拳で軽くエステルの胸元を叩く。

 エステルはその噓偽りのない力強い言葉と共に、胸に温かささえ感じたが、


「そ……それだけをちゃんと……伝えたくて……」


 先の言葉を紡ぐことはできない。

 歯切れ悪く喉に引っかかる言葉を途切れ途切れに吐き出すことが精一杯だ。


「じゃ……ここにいるってことはクエスト待ちだろうし……邪魔になっちゃうだろうから……」


 後ろ髪を引かれるも、懸命に振り返る。

 縁があるならば、きっといつか一緒に笑える日が来る――

 そう自分に言い聞かせることがやっとだった。


「たしかにクエスト待ちではあるな……。で……――今日はどのクエストに行く?」


「――……えっ?」


 エステルの肩が跳ねる。

 そして……ゆっくりと振り返る。その瞳に涙を浮かべなら。

 鼓動の音で考えをまとめることができない。

 口を開けても喉を震わせることができない。


 だから、この男が代わりに震わせたのだ。

 あの時、負い目からの失言を咎めてくれた少女に対するグレッグのお礼であり、自分から告げると言い切った約束を守ったのだ。


 共に歩む仲間でありたい――と。


「あれ……もしかしてオレ……正式パーティ不採用だったか……?」


 その言葉にエステルが思わず走り出す。

 だが、それよりも先にグレッグへ飛び込んだのはセキだ。


 待ち合わせの象徴。一本樹が圧し折れるほどの衝撃の中。

 涙を浮かべながら笑い合う少女たちと歓喜に咆える青年たちの姿があった。



 その夜。

 加入手続きや荷物の搬入に追われた後、加入を祝った酒の席が開かれようとしていた。

 ルリーテが腕によりをかけて作った渾身の料理の数々を前にエディットが目を輝かせている。


「エステルさんはお部屋にいるのでしょうか? もう食べていいですかね?」


「あれ? エステル~! 準備できるよ~!」


 小さな木角卓テーブルに、積み上げられたクエスト記録や、魔獣記録。

 そして今エステルは、樹皮紙の束をまとめ新しい記録簿を作成していた。


「うんっ! 今いくー!」


 エステルは書き終えた記録簿を木角卓テーブルに置くと、軽い足取りで部屋を後にする。

 そして、これからいくつも作り続けていくこととなる新しい記録簿は、書きたての題名タイトルだけが丁寧な文字で綴られていた。



『パレット探求記』



 彼女がこれからどんな色を求め、どのような色を、誰と作り上げていくのか。


 それは彼女自身にも分からない。


 歴史は紡がれるものだ。


 誰かが歩み。

 誰かが語り。

 誰かが記す。


 これから仲間と歩み、彼女が語る軌跡が、白く塗りつぶされた歴史を暴く、真実として記されることになるとは、まだ知る由もなかった。



         パレット探求記 第5章 始まりの南大陸

                  完

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