第21話 開戦前のひと時

 ガサツと別れ東大陸への旅が始まっていた。

 船の航路が安定してくると一段落という雰囲気が流れ始め今は各々の時間を過ごし始めている。そこでセキはカグツチに小声で話しかける。


「お前今回はおとなしくしてくれてたな」

「うむ、大型船だけあってひとが多いからの。昨日はうっかり挨拶してしまったが面倒ごとになる可能性もあるやもしれん。船の中では寝ておくことにするぞ。どうせ今の我ではお前も降霊できんからの」

「ああ、問題ない。探知できないから注意は必要だけどな。船底食い破られるとどうにもならないし……」

「魔術娘っぽいのがおったろ」

「ああ……もっと護衛いるのかと思ってたけどおれ含めて四種よにんだからな……魔術士っぽいひといてよかったよ。感知魔術あるか聞いてみる」

「――ねえねえセキってば」


 カグツチと話しているとクリルが後ろから声をかけてきていた。カグツチはそっと衣嚢ポケットに収まりつつセキは振り向く。


「おお……ごめんごめんどうしたの?」

「たいしたことじゃないんだけど、セキの剣って三日月刀シミター? なんだかそれにしては刃部分が細いようなって思ってね? それに持つとこが剥き出しで持ちにくくない?」


 クリルが素朴な疑問を投げかける。距離の詰め方がとても大胆だが、美種びじんである以上それはセキにとって幸運以外の何物でもない。

 

「これは『かたな』っていう剣の親戚みたいなものなんだ。おれの故郷だと鍛冶屋のじいちゃんが『男が使うなら刀一択だろ!!』って言って作ってくれてたものなんだ」

「へぇー初めて聞いたー!」


 説明にこくこくと頷きながら刀を見つめるクリル。

 セキは背腰に差している小太刀に手を伸ばし。 

 

「で、持つところ『柄』っていうんだけどこれはおれの場合、この腰の刀と柄を使いまわせるように取り外しができるようになってるんだよね。で、背中のこっちは『大太刀』っておれは呼んでるんだけど長いでしょ? だからこの柄を両方くっつけて大太刀の持ち手にしてるってことなんだよね」 

 

 セキはいいながら小太刀の柄を取りクリルの前に差し出す。

 差し出した柄は小太刀に装着可能なのはもちろんのこと、柄同士も合わせることができるようになっている。


 「おー!そういうことなのね! 見てもいーい?」


 クリルは初対面でも相手に好かれるような愛嬌を持ち合わせている。旅の途中で連れができることもしばしばあったがその頃のセキには何に変えてもやり遂げなければいけない目的を持っていた――

 結果的には一種ひとり旅の期間が大半を占めており女性との接点も必然的に少なかった。そんなセキが女性のお願いを断るはずもなく背中の刀を鞘ごと外すと持っていた柄をはめてクリルの手に置く。


「わ、思ってるより重いのね……でもこれ背中に背負ってて戦う時に抜けるの??」

「ああ、だからおれの場合は背中の刀を抜く時は両肩に平行になるように背中で背負うようにして、両方の手を目一杯広げて抜いてる感じだね」

「ん?どういうこと??」


 クリルは首をかしげている。

 言葉では伝わりにくいことはセキも承知の上、実際にやってもらったほうが早いとセキは判断した。


「ちょっとクリル背中に掛けてみて?」


 クリルに同じように刀を背負わせる。ちょうど鞘紐がクリルの胸の谷間を通る。

 すると、とても弾力がありそうで、魔力がこもっているのではないかと思うような魅惑的な膨らみがセキの目の前に現れた。


(落ち着け……おれ、やましい気持ちなんてないんだ。説明するために必要なことだったんだ……目の保養くらいは許されるはずだ)


「で、右手を右肩に回して柄を掴むでしょ? で、鞘の入口を左手で掴んで」


 クリルがセキの言う通りにすると納刀された刀を背後に担いでいるような格好になる。


「その状態で両手を目一杯広げるとおれの小さな体でもその大太刀をぎりぎり抜けるんだよね。戦闘中に抜く時は鞘紐を外した状態で柄を掴んでそのまま前にダッシュして勢いで抜いちゃうけどね」

 

 クリルは言葉通りに両手を広げると自然と頭の上で刀が引き抜かれる動作に直結する。

 

「あー! ほんとだ! 背中の剣って長いと引っかかるイメージだけどこれならその場でも抜きやすいのかも!」

「おれも両腰にこの小さい刀『小太刀』とか『脇差』とか言うんだけど、それが無ければ素直に腰につけとくけどね……腰に二本揃えて差すひともいるけど、どうも一本ずつ差してるほうが落ち着くからおれはそうしてるってだけだけどね」


 クリルは楽しそうにセキの刀を抜いては振り回している。その太刀筋は波打っているが同時に波打つ胸はセキの鼻の下を伸ばすには十分な破壊力を持っていた。

 するとそこにブラウも姿を現す。


「クリルそうやってまた種様ひとさまの武器で遊んで……」

「なによー! ちゃんとセキに言って使わせてもらってるんだからー! それにブラウだって気になってたんでしょー?」

「あれ、ブラウも刀を見るのは初めてなの? もっと浸透してる武器だと思ってたよ……」


 クリルとブラウのやりとりから『かたな』は故郷特有の武器なのか、とセキは考える。


「まぁ気になっていたのはたしかかかな……三日月刀シミターとはちょっと違うなとは思ってたけど、『刀』という武器なんだな……これも『魔装まそう』なんだろうか?」


 ブラウがクリルの持つ刀を見ながらセキに問いかける。


「ああ、剣とそこらは変わらないと思う。持ち手部分の柄に魔獣の爪とか入れるようになってるからね。それもあって、おれは柄を共有したくて取り外しできるようにしてるんだ。そういえばブラウの片手半剣バスタードソードも魔装でしょ?」

「ああ……南に進出してやっとの思いで購入できたものだ……殺蟷螂キラーマンティスを倒してなんとかやつの鎌を魔力源として入れてるよ……」


 こめかみに指を押し付けながら説明をするブラウの表情を見るとよっぽど苦労したんだろうということが容易に想像できる。

 

「なによー! 魔力源が入れられてるだけいいじゃないの! あたしとゴルドなんて武器やっと買ってもいまだに魔力源ないんだからね!あーどっかに『宝石』でも落ちててくれれば……」


 魔装とは各職の装備に対して行われる強化方法である。通常の武器に魔獣の爪や牙、瞳等の魔獣自身の魔力の結晶とも言える部位を加工し装備に付与することで武器自身に魔力を通しやすくするという強化方法となっている。

 魔装化していない武器と魔装化している同じ武器で比べた場合に、切れ味や耐久性等、使用者の肉体魔力アトラや、精霊を通して使用する自然魔力ナトラにも依存するとはいえ比較にならないほどの性能を発揮することができる。

 また、魔獣の部位だけでなく宝石等も魔力を通しやすいために付与されることもあるが、とても高価なため一般的な探求士たちは魔獣の部位を購入するか、自分で倒した魔獣の部位を鍛冶師や彫金師に加工してもらいそれを使う。だが、家庭等で使う『魔具』用の魔力源よりも上質な爪や牙等の部位が必要となるため、魔装を整えるにも苦労する探求士は多い。


「そんなホイホイと『宝石』が落ちてたらあんな値段になりませんよ……」


 少し離れて会話を聞いていたのかゴルドも憔悴した顔で会話に加わる。どうやらブラウの剣の魔力源を確保した後にクリルとゴルドの魔力源も確保しようと頑張っているのだろうがうまくいっていないようだ。


「そうなんだよなぁ……だから強い魔獣を倒していかないと上質部位なんてなかなかとれないのに、その強い魔獣を倒すためには魔装が必要なんて矛盾してるじゃないか~!!」


 ブラウは空に向かってやり場のない怒りを吐き出していた。


「今回の護衛はせっかく水上なんだし、『水』の部位が採れる魔獣を期待するわ……! ううん、ごめんなさい、やっぱり護衛だから魔獣出なくていいかもしれないわ……あ、ゴルドは諦めなさい『土』なんてここでは期待できないしね?」

「それはわかってますよ……前回の精選で南に進出してから今まで採れなかったんですから海の上じゃなおさらですよ……」


 二種ふたりは落ち込み気味にまだ見ぬ自分の魔装の魔力源入手への思いを口にしていた。


「ゴルドは土ってことは、三原精霊に『土』はいないから――祝福精霊持ち?」


 セキは自身の目で相手を見れば体から発せられる属性の色を見ることができるが、どんな精霊かまでは判別することはできない。

 魔具等の少量の魔力を使用する場合、魔力源の属性はあまり気にしない場合も多い。だが、魔装の場合は自分の適性属性と一致している魔力源を使用することが多く、そのほうが性能も上がりやすいため、魔力源には注意とこだわりを持つ必要がある。

 また『宝石』の場合は属性関係なく万能なため紅玉ルビーでも翠玉エメラルドでも色に左右されるということもないのだが――手に入れるチャンスはほとんどないという現状となっている。


 「あ、えーと家系の都合で四大の土獣グノムと契約できている状態なので……ゆくゆくは自分自身の力で精霊と契約したいのですが……」

 「そして、俺とクリルは加護精霊だ! 俺自身は火希望だが、殺蟷螂キラーマンティスの鎌入れてるのは火の部位が入手できてないからだな!」


 精霊との契約の初期段階と言える加護精霊との契約。

 加護精霊は特定の属性を有しているわけではないため、各々加護精霊との契約中に自身の希望する属性を鍛えていくことが基本となっている。

 資質との兼ね合いもあるので、いくら鍛えていても異なる属性を持つ精霊に昇格したり、異なる属性の精霊に気に入られ契約することになるということも多々見受けられる。

 ゴルドのように家系単位で精霊と契約している場合もあり条件付きではあるが、属性を有した精霊の力を借りることが可能となっている。

 みんな苦労してるんだな。とセキはしみじみと感じていた。セキは精霊との契約に関してはひとの数倍苦労している過去を持つが魔装の魔力源に困ることはない。


「しかも魔力源になるギリギリの鎌だったからな。売って火の魔力源を買うこともできないからつけてみたって感じだ! 売らずに魔装に付与させてもらって二種ふたりには感謝しているっ」


 二種ふたりに感謝しつつ爽やかに答えるブラウの目には心なしか涙が浮かんでいるように見えた。


「な、なるほどね……えっとクリルもちょっと本音が出てたけど護衛とはいえ、ほら……何かここで手に入るかもしれないしさ」


 そういってセキは先ほどのカグツチとの会話を思い出す。


「そうだ、おれはちょっと、いや、かなり、ごめん――さっぱり探知系とかの魔術ができないんだけど誰かそういうの覚えてる? 警戒はもちろんするけど探知系があるならそれに越したこともないかなって」

「それならあたしに任せておいて! 強い魔獣から逃げるためにちゃんと探知系覚えてるわ!」


 動機はどうかと思ったがセキはクリルが探知系を覚えていることに安心を覚える。だが、南大陸バルバトスで生まれ凶悪な魔獣の脅威に晒されることに慣れている、かつ相手と戦うことを前提としているセキと違い、他の大陸から南大陸バルバトスでの冒険をする際、凶悪な魔獣を察知し事前に遭遇しないよう逃げるのは安全を確保する上でとても重要なことである。


三種さんにんは組んで長そうだけど編成は剣術士がブラウでクリルが魔術士、ゴルドは……魔術士なのかな?」


 セキは少し躊躇うかのように口ごもりをするもこの際だからと、ついでにセキは出合った当初に思った質問を口にする。

 想像以上にブラウたちと打ち解けているとセキ自身が自覚した瞬間でもあった。


「えっと僕は癒術士ですね。この格好ですから……たまに魔術士と思われたりはしますけど」


 魔術士や癒術士の場合、剣術士等と違い装備がかなり好みに左右されることになる。武器で戦う職はその武器を魔装として使用するが、魔術や治癒術の場合はその限りではない。

 クリルは魔術士らしい杖を持っているがゴルドは杖をもっていない。それは『装飾魔装』ということだろう。指輪リング腕輪ブレスレット首飾りペンダントを魔装とすることで両手を自由に扱えるようにするということだ。


「なるほど……職はなんだか納得できる組み合わせだ……」


 クリルがそれどういう意味、という目でセキを見ているがセキは額に汗をかきつつ目を逸らしていた。

 基本的に癒術士は性格的にパーティ内でのフォロー役が多い。

 魔術師は冷静な役割を求められるが術が強力なことが災いしているのか、主張が強い者も多く見受けられるからだ。


「まぁいいけどね……それじゃそろそろ魔術で辺りを警戒しておくわ」


 少し納得いっていないようなクリルだが会話をしているうちに大陸からは離れ魔獣が活発になる海域に差し掛かっていることもあり、セキに刀を返すとそのぱっちりした瞳をゆっくりと閉じ、杖を構える。


「……〈方角の下位水魔術レギオ・ミルス〉」


 クリルの前に水の四角い魔布キャンパスが現れる。中心付近に大きな水滴がありそこから少し離れた回りに小さな雫が点在していることがわかる。


「この中心があたしたちの船よ。それでこの回りの小さな雫が魔獣よ。だいたい探知できる範囲はあたしを中心に百MRマテルくらいと思ってくれて構わないわ。探知した魔力の大きさと波長で雫の形が変わるからある程度の目安にはできるはず! あと今はひとの魔力は除外してるわ。ここに写る雫は全て魔獣ってことだから気を付けて!」

「おう! いつも助かるよ、クリル! さぁみんな気を引き締めていこう!」


 こうして探知魔術の発動をきっかけにブラウが掛け声をかけ東大陸への護衛クエストが幕を開けた――

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