第262話 アンドルクスのポチ

 岩の床と壁から生えた無数の棘は、セキを追ってきた魔獣全てを余すことなく串刺しにしてみせた。


「ポチ……みんな守ってくれてたのか? 本当に助かったよ」


『グル~ォ!』


 セキの声に呼応するように鳴く断爪破獣アンドルクスの姿。

 その光景にグレッグたちは質問に喉を震わせる、という思考に辿り着くことができていない。


「エディ! エステルが下で足をやられた。治療をしてほしい」


 エディットの前に駆け寄ったセキが背負っていたエステルを寝かせ下で起きた出来事を伝える。放心気味と言っても過言ではなかったエディットがそこで初めて頭を振り、状況の確認へと頭を切り替えていた。


「――は……はいっ! 」


 そこへ巨体でありながらも一切の振動を起こさず、断爪破獣アンドルクスがセキの背後へと鼻を近づけた。


『グルゥ~?』


「うん? ああ、エディは癒術士だ。だから診てもらった結果しだいで、お前の力も借りるかもしれないぞ」


 セキの言葉に頷く姿はひとと魔獣という垣根を超えた関係に見えた。

 そしてセキがグレッグたちへ視線を向け直すと、断爪破獣アンドルクスを指差しながら喉を震わせた。


「エステルが心配だったからちょっと遅れたけど……アンドルクスこいつは『ポチ』――で、おれの弟」


「お……おお……こうして目にしなけりゃ信じられねえ……いや――すまん。頭が追い付いてねえ……」


 顔を手で覆い時間が解決することを願うばかりのグレッグ。

 思考を放棄するどころか、情報過多で足元がフラついている。


「さすがセキ様です……」


 無条件にセキを信用するルリーテはあっさり認めているようだ。


「使術士ってわけじゃないんですよね……? ほえ~……」


 エディットも魔獣と契約をするすべ北大陸キヌークで見ているためか、思考の柔軟さが窺えた。


「骨が粉々なので本格治療は落ち着いてからですが、いったん処置はできました。少し時間はかかりますが、元通りになるのでひとまず安心ですっ!」


 エディットの言葉に一同が胸を撫で下ろす。

 強張っていた表情も自然と緩んでいる様子が見受けられた。


「一応ポチの唾液にも治療の効果がある。エディの薬との作用が分からないからなんとも言えないけど後でちょっと確認してほしい。あと村に行けば婆ちゃんも治癒ができるから相談したほうがいいかも?」


『グルゥ~ッ』


「――え? それは初耳ですね……ぜひ後で――」


 好奇心が勝ったのか長い耳をピンと立てて反応するエディット。

 その時、静かに寝息を立てていたエステルの手がぴくりと動く。


「――ん……あっ」


 エステルは日差しを腕で遮りながらゆっくりと瞼をあける。

 首を回しながら周りを確認し、一同の姿を確認すると頬を緩ませた。


「心配……かけちゃったけど、セキのおかげでなんとかなったよ……」


「ご無事で何よりです……そしてあの時の咄嗟の判断。たしかに他を巻き込まないためには必要でしたが、次はそうならないようにしていきたいですね」


「真っ先に引っ張ってもらって助けられたのはオレだ。次は……オレがお前を助けられるようになって……見せるぜ」


「応急処置はしました。今は軽く固定していますがセキさんの村に行ったら中の骨の接合などを行いましょう。ですが……まずはエステルさんがこうして戻ってこれたことが何よりですっ!」


 各々が声を掛けるとエステルは身体を起こし、セキへ視線を向けるはずだったが……


「……え?」


 断爪破獣アンドルクスと目を合わせたエステルは、取り戻したはずの意識を再び失いかけていた。

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