第131話 遺し詩

「なんだかエステルさん目が遠いですが、大丈夫ですかっ?」


 受付に向かったエステルを受注所の片隅で待っていたエディットが迎えるが、


「う……うん。現実と向き合えたというか、それはその通りなんだけどというか……ん~まずは紹介所内を確認しにいこっか!」


 いつまでも遠い目をしているわけにもいかない。

 エステルは焦点を合わせ、紹介所の構造把握へ意欲的に取り組むべく喉を震わせた。


「時間はかかりそうですが、今までと使い勝手も異なるかもしれません。ここはじっくり確認しておくべきでしょう」


 少女たちは先ほどの失敗を生かし、互いに袖口を握りながら移動を始める。


「そういえば先ほどの方から聞いたのですが――」


 次に向かうは報告所。

 長方形の石が綺麗に積み上げられた渡り廊下を歩いていると、エステルとルリーテに挟まれたエディットが両者を見上げながら口を開いた。


南大陸バルバトスでは、初めてクエスト受ける時は、まず『遺し詩』を書くひとが多いというか、勧められるそうですよ……」


 エディットは口に出したものの気が進まないのか、明らかに声色トーンが低い。


「相応の覚悟が必要ということですね……わたしの場合、エステル様と共に行動している以上、死んだ時に何か伝えてほしいひとはステア様しかいませんが……」


「わたしもそうだなぁ……でも、たしか……え~っと、パーティの仲間向けにも遺しておくみたいだよ? どういう形でお別れするか分からないからって……」


 エディットの声色トーンに釣られて、エステルたちもやや言葉を詰まらせるように答えていた。


 『遺し詩』とは、生前のうちに自身が死んだ際に伝えたいことを綴った文書を指している。

 大切なひとへの言葉であったり、貴族であれば財産の分配を書く者も少なくない。術士などの場合は言葉を遺す者もいれば、自身の持つ象徴詩を受け継がせる場合もある。


 自身の死後、ということで縁起の悪いような印象イメージが先行するが、遺したことによって、その後のいざこざを回避できることがとても多いのだ。

 もちろん逆に遺したことによって、遺された側が不満を露わにし、問題に発展することもあるが……。


「あたしの場合、死んだらそれまで~みたいなふわふわとした考えでしたが、改めて考えると、ちょっと悩んでしまいますねっ。一緒に旅をしていたひとに何かを伝えたいこともあるのかもって思っちゃいましたっ」


 努めて明るく言葉にしているが、エディットの脳裏に浮かんでいるのは、かつて共に旅をした仲間たちの姿であろうことは、エステルたちにも容易に想像がついていた。

 どのような別れ方を迎えるか分からない以上、常に頭の片隅に留めておかなければならないことだと、改めて感じているのだろう。

 

「こればっかりはわたしも含めて個種こじんにお任せかな……。せめて不本意な唐突な別れでも遺しておくことで、遺されたひとが受け入れるきっかけとかにしてほしいとも思うから……わたしはちょっと文章考えておくけど……」


 エステルの考えを聞くと、ルリーテとエディットも顎に手を当てながら熟考を始めたのか、微かな唸り声を発している。


「そこまで唸らなくても……ふいにこんなことを最後に伝えたい――とか思ったらその時に唸ればいいんじゃないかな……?」


 エステルは知恵熱を発する直前の二種ふたりを見兼ね、気持ちの重しを取り除くべく声を掛ける。

 ルリーテとエディットも引っかかってはいるようだが、どうやら心の片隅に配置するゆとりを思い出したように、眉間に寄せていた皺をほぐし始めている。


 やや重めの話題に消化不良を起こしかけていた彼女たちであったが、紹介所内を見回るに連れ、片隅に追いやったことすら忘れるほどに、南大陸バルバトスの洗練された設備に目を奪われることとなる。


 当初の想定から大幅に時間をかけた後、彼女たちが紹介所を後にするのは夜光石の明かりが街を淡く照らし出すほどの時間となっていた。

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