第144話 意思の疎通

「これで良し――ですっ! 再生の詩は本種ほんにんの魔力も燃やして治癒に充ててしまうので、ここは薬草で我慢してくださいっ」


 森の周辺から動かず治療を優先した一同。

 日光石が輝く時間、夜光石が輝く時間とで、行動する魔獣も変わることは珍しくない。

 新たな魔獣に見つかる危険性もあったが、治療を優先させた選択は功を奏したようである。


「ありがとう。左手も少し感覚が鈍いけど指先も動くし……これなら帰りに魔獣が出ても戦えるよ! それとルリもわたしたちが気を失ってる間に森の外まで運んでくれてほんとに助かったよ~!」


「え……いえ、森の外まで運んだわけではないですね。わたし自身が目を覚ました時すでに外だったので……爆風で飛ばされて運良く、と言う所でしょうか……」


 手を開いては閉じ、感覚を確かめているエステル。

 さらにお礼の言葉を告げるが、ルリーテは身に覚えがない様子だ。


老知猿エルダーエイプの仲間も結局来なかったということですかねっ? あの爆発があったので、警戒したのかもしれませんがっ!」

『チピ~……? チッピ! ピピ!』


わたしが起きてから見張っていた限りでは魔獣の姿は確認できませんでしたね。エディの言う通り、あの爆発はもしかしたら仲間への警鐘も含んでいた可能性も否定できませんね……」


 ルリーテも擦り傷の具合を確かめるように全身を伸ばす。

 チピが騒いでいるが何かを感じた、と言うよりも何かを伝えたいようではあるが、エディットと向き合うも互いに首を傾げるに留まっていた。


「そうだね……それにダイフクも森の魔力が濃すぎて、蠍の時みたいに感じることが難しかっただろうし……――と言うより……吸榴岩きゅうりゅうがんが森の中に平気で転がってるほうが怖いよ……でもあれすごい貴重で高いんだよね……?」


「ええ、国家騎士団や上位星団でないと手の出せない金額ですね……。ですが、あの知性ですと転がっていた――ではないでしょう。索敵範囲に予め備えていたのかもしれません……あんなおびき寄せるような行動をするわけですし……」


狡鬼幽ゴブリンとか牙豚幽オークのように、理解しているわけではないでしょうが、『あーいう声』を出すと獲物が来るって覚え方をしていたのですかね。吸榴岩きゅうりゅうがんについては地形的に採取できる場所ではないので、どこかから拾ってきた可能性のほうが高そうですが……」


 状況の整理を兼ね、各々が頭の中で渦巻いていた思いをはき出す。

 さらに、その上で早急に選択するべき問題があることをエステルは把握していた。


「うん。ちょっと疑問は戻ったら紹介所とかでも聞いてみよう。それで……この夜光石の時間になっちゃったわけだけど……」


 種影ひとかげのない周囲に視線を向け、


「どうする? って聞き方じゃ漠然としてるよね。ここで日光石の明かりを待つか、それとも動き出すか。なんだけど……」


 それはルリーテとエディットも脳裏に過ぎっていたのだろう。口を挟むことなく、続く言葉を待っている。


「わたしとしては『動きたい』。疲れがないわけじゃないけど、どちらにせよ警戒を続ける必要があるなら、戻りながらのほうがただ待つよりも気持ち的にいいかなって――」


 エステルの言葉は取り繕うことない素直な意見である。

 大怪我等で動けないのであればいざ知らず、現状ではどちらを選択するにせよ正解が見えない。

 ならば、少しでも町へ近づいておくべきという考えは納得できる十分な理由となる。


「そうですね……土地勘があれば休息の確保もしやすいですが、砂地も森もどうやらそれを許してくれる状況ではなさそうなので……」


「あたしも戻るに賛成ですっ。老知猿エルダーエイプは群れることが多いので、一匹みたらそれ相応の数を覚悟しないといけませんが……今落ち着いているならその間に距離を取るべきかとっ!」

『チプ~ッ? チピピ!』


 エステルが両名と視線を交わすと、雑草に下ろしていた腰を上げ、今は見えぬ町へ目を向ける。


「うん……! 行き以上に警戒しつつ戻ろう……!」


「はい――ッ!」


「了解ですっ」


 少女たちは夜光石の明かりだけを頼りに、静寂を貫く砂地へ足を踏み出していく。




 そして……森の中、爆発地点の周囲では、


 両断された者――

 その身を焼かれた者――

 原型すら残らず爆ぜた者――


 数として百を超えた老知猿エルダーエイプの亡骸と肉片が散乱し、静かな森の中で、その身に凝縮が始まっていた。

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