第143話 知恵と自棄

「……――ッ!! えっ!?」


 エステルは目を開けた途端、自身が横たわっていた事実に驚愕の声をあげた。

 状況の理解が到底追いつかない状況に、咄嗟に上半身を起こすが、


「いぎッ!! 何が……どうなって……」


 地に着いた左腕に走る激痛。

 エステルは恐る恐る視線を落とした。


「腕が動くだけ運がいいのかな……」


 ズタズタに引き裂かれた袖。

 そこから見える肌は、すでに夜光石が輝き始める薄暗い時間でありながら、朱一色に染まっていることがはっきりと確認できた。

 半ば放心気味で腕を見つめていると、背後から足音が聞こえてくる。


「エステル様。気が付きましたか。よかった……」

『チピ~……』


「ルリ……ごめん。今どういう状況なのかがぜんぜん分かってない……」


 肩越しにルリーテを見つめながら、バツが悪そうに視線を落とす。


「ええ……わたしも気が付いたのは少し前……ですが。どうやらあの最後の老知猿エルダーエイプが投げた石。あれが大爆発を起こして巻き込まれたのです」


 エステルの隣まで歩いてきたルリーテが腰を下ろす。

 よくよく見るとエステルの背後では、同様に服までボロボロになったエディットが横たわっていた。

 チピはすでに気が付いており、半精霊体ということも相まって負傷している様子は見られない。


「お二種ふたりよりも距離があり、かつ爆発の際、たまたま樹が盾になったので軽傷で済んだようですが……」


「――え! じゃああの投げた石って……『吸榴岩きゅうりゅうがん』の一種いっしゅってこと!?」


 ルリーテの発した情報に目を見開くエステル。

 軽く頷きながらルリーテはさらに言葉を続けた。


「おそらくは……。あの石が火球に飲み込まれた後、火球が膨張を始めたことをたしかにこの目で見たので……」


「『吸榴岩きゅうりゅうがん』ってなんでしょうか……?」


 エステルの驚愕の声が少々大きかったのか、背後で気を失っていたエディットも目を覚ました。


「エディも無事で何よりです」


 体を抑えながら上半身を起こすエディット。

 ルリーテが補佐しつつ労りの言葉をかけており、エステルも、胸を撫で下ろしている。


吸榴岩きゅうりゅうがんは、飲み込んだ魔力を無理やり暴発させる特性を持った石のことです。今回はエディの『中位炎魔術ファルライザ』を星で強化した魔力を食らい、その結果が今の状況ということですね……」


「星で強化してたのはまずかったけど……むしろわたしたちレベルの魔力で運がよかったのかもしれない……これが上位ギル級とか……それこそ最上位ベルド級だったら……」


 それ以上を口に出すことが憚れるのか。

 エステルが口をつぐむものの、その沈黙だけで背中に氷塊が滑り落ちていくことをエディットは感じた。


「死なばもろとも……ですか。虫系の魔獣は己の身が滅びることも厭わずに魔法を行使することは知っていますが……獣系の魔獣がそんな行動を取るなんてちょっと驚きです……その石を投げたってことは自覚した行動ってことですし……」


「追い詰められたからこそ、自棄ヤケを起こした、ということでしょうか。ひとにとても近い行動で少々身震いしますね……なまじ知恵を持っているからの行動なのでしょうか……」


 少女たちの本心として、南大陸バルバトスの戦闘に手応えを感じていたことは確かだ。

 先駆者的存在のセキの助言があったにせよ、渡り合えない相手ではないと。それは慢心ではなく、積み重ねた経験から導き出した答えのはずだった。

 だが、現実として今少女たちは一歩間違えれば、その積み重ね全てが無に還っていた――そんな思いが脳裏を駆け巡り、体に震えさえもたらしている。


 ――だが。


「でも……これでよ……! こういう行動はきっと老知猿エルダーエイプだけじゃないだろうし……武器や物を使うのはひとだけじゃないってことだよね……!」


 瞳に影を落とす二種ふたりへ力強く告げた。

 それは自身への鼓舞でもあり、幾度転んでもがむしゃらに立ち上がってきたエステルらしさを前面に押し出した言葉でもあった。


「そう……ですね! エステルさんの言う通りです! これであたしも覚えました! 油断をしていたわけでもないのにこの状況でちょっと気落ちしたことはたしかですっ! でも……こうして次に向けて備えることができますからねっ」


「ええ。その点も踏まえれば……次はもうこのような状況にはなりません」


 エステルの眼差しに呼応したように、ルリーテとエディットも瞳に意思という力強い輝きを宿す。

 この状況である以上、多少の強がりも許される――そんな一幕である。

 そこで改めて、傷だらけの少女たちは、朗らかな笑みと共に手を握り合い、検討を称え合っていた。

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