第70話 深層探索
「ぬあぁ~……!」
「……」
「くー……このっ……このぉ……!」
セキが戻るとやり場のない怒りともどかしさが、当然のように矛先を向けていた。
エステルはおでこをセキの肩へ押し付けながら呻き。
ルリーテは手を上げるような素振りは見せないが、エステルたちを止める様子も見受けられない。
エディットはセキのケツをサンドバックのようにぽすぽすと叩いており、極めつけに噛みついていた。
「たしかに残念だったのはわかる……そして、これもまた残念なんだけどエステルたちの八つ当たりはおれにとってご褒美以外の何物でもないんだよね~」
その場を微動だにせずされるがままに、八割が嫉妬で構成された怨念をその身で受け止めているセキ。
唇の端は常につり上がっており、至福の時を過ごしていることが見て取れた。
「精選は精霊が生まれ始めてからが勝負。これから続々と精霊が生まれてくるんだから、気持ち切り替えていかなきゃだよ……!」
ひとしきりセキに感情をぶつけたエステルは、苦渋に胸を満たされたまま深く皺を刻んだ顔をあげた。
気持ちの切り替えが難航していることを伺わせる。
「精選時の生まれるタイミングはある程度の前後はあれど、かなり集中した時間に一斉に生まれると聞きました。先程の子は気持ちが逸ってしまった子なのでしょうね」
「捕まえようとしても触れないんですよね……セキさんは触れるのでしょうか?」
ルリーテとエディットも落ち着きは取り戻してきたようで、ようやくセキに向けられた手は止まることとなるが、逆にセキは物悲しそうに表情に影を落としている。
チピをエディットの元へ返しながら、セキは問いに答えた。
「うん。おれは
「先ほどの精霊もセキと契約できぬことは伝わったのかの。理解したというわけではなさそうだが……まぁ次の巡り合いに期待というところかの」
卵から新たに生まれる精霊はセキの言う通り、動物の死後の魂も
だが、魂の奥底に微かに残る思い出等に惹かれる可能性は決して否定できない。
しかし前世の縁など確認する術もない以上、何が決め手となるか、互いが手探りの状況であった。
「うん! 次の出会いをするためにも深層へ進もう!」
エステルは深層に向かう空洞へその目を向け、
「はい。ここからが本番ですからね。気を引き締めていきましょう」
「了解です! 次の精霊さんに期待しますっ」
エステルを先頭に空洞に向かい歩を進めていく。
その歩みは先ほどまでの緩やかな速度から一転し、高まる鼓動と連動するかのように早く、その堂々とした後ろ姿を満足気に眺めながら、セキもその後を追っていった。
◇◆
「はぁ……はっ……一回そこの脇道で休憩を挟もう。ちょっと思ってるより数が――」
額を拭っても止まる気配を見せない汗。
エステルたちは深層に着いてから魔獣の止まぬ襲撃に晒されていた。
深層で精霊の卵を狙って徘徊する魔獣と、探求士を追って深層まで下りていた魔獣が入り乱れており、中層までの静けさが嘘のように至る所で魔獣の哮ける声や、探求士の咆哮、悲観の嘆きがこだましていた。
中層よりもやや薄暗いが、足元や壁の珊瑚そのものが発光しているため、目視に問題があるというほどではない。
問題は精霊の卵を食らったのか、それとも探求士を食らい
「エステル。腰を下ろしていいよ。ここまで自分たちの力で来てるんだ。さすがにそろそろおれも戦うよ。周囲の魔獣はすっかり掃除できた様子ではあるけど」
中層の待ち伏せを討伐して以来、結果的に一切戦闘に参加することがなかったセキが、脇道の入口に立つ。
「う、うん……ありがと……」
「こ、ここはセキ様のご厚意に甘えておきましょう」
エステルは胸で息をしながら、珊瑚の突起に腰を下ろし壁に背を預ける。体の至る所に刻まれた裂傷と打撲を腕でさすりながら呼吸を整え始めた。
ルリーテもエステル同様に珊瑚の地べたに腰を下ろし、エディットに指示された薬を取り出していた。
「エステルさんこれは裂傷に当ててください。こっちは打撲箇所に」
エステルは湿った葉と、何か練り物を葉で包んだ物を受け取る。ルリーテにも同様の葉を渡すと瓶で液体漬けにしていた木の実を取り出す。
「これは苦いですが、しっかり嚙み砕いて飲み込んでください。魔力を一気に回復することはできませんが、魔道管を活性化させて魔力回復を早めてくれます」
自身の手当を後回しに、取り出した葉や薬を手早くエステルとルリーテへ配る。乱戦の中でもどのような傷を負ったのか、把握しているが故の迅速な対処であった。
「物音も遠くなってきたが、これは探求士が少なくなったのか、魔獣を駆逐したのかよぉわからんの」
「思ってる以上に深層広いしな。魔獣の群れに当たったら逃げ回って距離を稼ぐにも有効だから結構パーティ単位でバラけてるかもなぁ……」
セキは脇道の入口から大きめの通路に積み上がった魔獣の死体を眺める。
道中で他のパーティと出会うこともあったが、どちらも魔獣の討伐に手一杯で他のパーティにちょっかいを出せる状況でも、情報を共有できる状態でもなかったのだ。
セキはエステルたちの後方から確認していたため、他パーティの状況も見ていたが、次々に湧き出てくる魔獣たちと死闘を繰り広げていた彼女たちはパーティと出会っていたことすら認識していない可能性もあるほどの混戦だった。
「何回か精霊の光も見かけたけど、これ魔獣片付けないと契約しんどいよな……」
「精霊も魔獣が近くにおると怯えたように飛んで行ってたからの」
セキとカグツチはしばしの間、状況の整理を兼ねた会話に耽ることになるが、呼吸が落ち着いたエステルが側までくると振り返る。
「深層だから日光石の光がいまいちわからないけど、かなり時間立ってると思うんだ。だからそろそろ寝床を探そうと思ってるんだけど……」
「うん。良い判断だと思う。その場で見繕うよりも気持ち的にも楽になるしね」
エステルの提案に指で丸を作りながら賛同するセキ。エステルはさらに何か言いたいことがあるのか上目遣いでセキを見上げていた。
「それでちょっと相談なんだけど……こんなのはどうかなって思ってて……」
◇◆
「これならたしかに警戒しやすくていいね。エステルずっと考えてたの?」
「都合よく部屋みたいな空間があるかもわからなかったから……」
一行は現在、壁の中にいた。正確に言えば壁の珊瑚を繰り抜いてスペースを作りそこに腰を下ろした所だった。
「セキ様から頂いた小太刀であれば切るのも容易でしたが……」
当初、壁を切る役目はルリーテにお願いする予定だったが、エステルの案を聞いたセキがその役目を買って出たのだ。
足場とした位置から身の丈の倍程度の位置に切れ目を入れ、壁を削っていく。魔術で掘ることも考えたが他の空洞まで突き抜けてしまう可能性も考慮した結果、物理的に掘ることを選択していた。
セキが作業を行ったことで
「そしたら壁を食い荒らしてくる
エディットは自身の長く伸びた耳をぴくぴくと動かしている。
「うん! 密閉空間なら近寄るためには必ず音を立てないといけないから警戒をしやすいかなって。珊瑚じたいが光ってくれてなかったら真っ暗になるからできなかったけど……」
「とても良い案だと思います。それならばここで食事と睡眠を取り、次の行動に備えましょう。体感ですがもう夜中のはずなので」
ルリーテはエディットの薬を取り出した後に、予め用意していた食事であるサンドイッチと干した肉を取り出していた。
既にカグツチとチピが自分の分を確保しており、ルリーテに寄りかかりながら貪っている姿が見える。
「はいっ。あたしのお腹の減り具合的に深夜っぽいですので! ですがここまで時間が分からないなら日光石か夜光石の欠片でも買っておくべきでしたね……」
「あ~たしかに。おれの場合、
食事を終えるとルリーテが取り出した
セキは少女たちの寝息が聞こえると起き上がり、壁に背を預けて周囲に意識を向けた。
微かに耳に入る異音は確認できるが、近場ではないことは明確なほどの響きであるため、セキは特に行動を起こすことはせず、そのまま少女たちの寝顔を見守っていた。
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