第69話 精霊との邂逅
「セキは下がり気味にそのまま背後の警戒を! ルリ離れて! そのまま
エステルの声が珊瑚の洞窟内へ響き渡る。想定外の事態に備える意味と、自分たちの力で精霊と契約を行えることを示す意味も含めて、セキは戦闘区域から離れた場所での警戒を行っている状況だ。
セキは脱力したように両腕を下げているが、その指先では
「はい! 撃ちますよぉぉ!! 〈
エディットは
エステルは
誘導と翻弄を繰り返しながら走り回っていたエステルが、エディットの掛け声に反応する。
「――〈
プラネの光がうねり出すと同時にエディットの放った火球が直撃すると、火球の炎さえうねりに飲み込み力強い輝きを見せた。
「これでも食らえーー!!」
『
「タフな魔獣ですね! もう一つ――〈
五匹の
その間に火の雨から逃れた三匹の
「……〈
暴風を翠光の刃に変え、三匹の
『チピィーー!! ピピィ!!』
「〈
チピが相手の居場所を示すかのように天井付近で旋回を繰り出し、ルリーテの視点が自身に向いたと同時に滑空しながらその場を離れていく。
翠光の竜巻を纏った矢を解き放つと珊瑚の天井をその自慢の七対の脚で縦横無尽に駆け巡っていた
甲殻に覆われた身体は並みの武器なら弾き返すほどに強固だが、魔術強化した矢の前ではその甲殻ごと抉られる結果となっていた。
「ふぅぅ……――やっ!!!」
エディットがエステルに迫っていた
「エディ下がって!!」
エステルの言葉に後方転回で距離を取ると
「〈
エステルの詩と共に
目視で確認した魔獣を掃討し終えるが、エステルたちは静まり返った洞窟内を見渡しながら戦闘態勢を崩さずお互いに背を預けたままである。
エディットは自身の長い耳に意識を集中しており、目視での警戒はエステルとルリーテに委ねている様子だ。
肩で息をしながら一時の静寂が過ぎさった後、エステルの肩が落ちた。
「はぁぁ……動くものは見えないし、足音もなさそうだね」
「ええ。
「リコダでクエストに通ったかいがありましたねっ。大きさと硬さはたしかにこちらの魔獣のほうが上ですが、基本的な動きが一緒なので!」
背を預けた状態から顔を見合わせながら胸を撫で下ろす。
そのまま
「動かないで……」
セキの離れた位置から聞き取りずらいほど、抑揚を抑えた声がエステルたちに届き、同時に行動を制止するように手の平を向けている姿が見えた。
その行動に寒気を覚えるエステル。まだ倒しきれていない? それとも新手が? エステルが思考を巡らせる。
セキがもう片方の手で
(深層から魔獣が這い上がってきてる? 数が分からない以上、広間に出る前に空洞内で個々に叩く……!)
音も気配も感じることはできないまま、エステルが肩越しに視線を向ける。ルリーテとエディットも気配を必死で押し殺しながらじょじょに首を回していた。
「あれ……?」
「なにも……いないように見えますが、地中――いえ、足場の珊瑚内でしょうか」
「空洞の奥も特に動きがあるように見えません……」
そこに音を立てずにセキが忍び寄る。
「空洞からはもう出てる……ちょっと右かな。あの赤紫の珊瑚が二股に割れてるところ――」
一切の気配なく近寄られたため、囁く声ですら肩を跳ね上げたエステルたちだが、セキの囁きにしたがい瞳を動かしていくと、
「あの……光の粒って――」
「せ、精霊です……生まれたての加護精霊です……!」
「あんなに小さいのになんだかとても優しい光に感じます……」
日差しを取り込んだ海の光。魔力を蓄えた珊瑚の淡く儚い光。その空間を迷っているかのように光の粒が漂っている。
動きを目で追っているとじょじょに、だが確実にエステルたちへ近づいてきていることに気がつく。
少女たちの鼓動は、お互いに聞こえてしまうのでは、と心配になるほど高まっていた。
セキは少女たちの熱情を宿していた瞳が、すっかり期待と憧れを抱く年相応の瞳の輝きを放っていることに口元を緩ませてた。
状況を把握したチピも滑空しながらセキの肩に止まり主の姿をじっと見つめている。
喜びに水を差さぬよう気配を殺しながら距離を取り、この甘美の時間に横やりが入らぬよう周囲に意識を向けた。
「めちゃくちゃ儚い存在だのぉ」
セキの頭にしがみついているカグツチは、精霊の消え入りそうな光をまじまじと見つめながら呟いた。
「生まれたてホカホカだからだろ? まだ自分が何者になるかもわからない。いや、何者にもなれずただ魔獣に食われるかもしれない存在だからなぁ……」
『チピプ~……』
セキはその言葉に過去の自分を重ねているのか、少女たちに見られる心配がない状況に憂いを帯びた表情を見せている。
チピだけがその顔を見上げ物憂げに鳴いた。
「あれは気に入られるとどうなるのかの?」
「加護精霊の状況……と言っても覚えてないから聞いた話だけど……――たぶん今のエステルたちじゃ触れることはできないと思うんだよね。で、精霊も自我なんてないから気に入った何かを本能? で見つけるみたい。自然の木々とか岩。そして……
自身の知識を掘り返すように、言葉でなぞりながら喉を鳴らすセキ。
「そこであの光がチカチカと反応するんだ。自然物の場合は分からないけど、
そんなやりとりをしている間に精霊のか細い光は、右往左往しながらもエステルたちの目の前まで迫っていた。
(恨みっこなしだよ! でもわたし以外だったら黒石茶に甘味を入れずに苦いまま出すくらいは許してね……!)
(緊張しますね……仲間が精霊に認めらえるのは嬉しいですが、
(だ、誰が選ばれるのでしょうかねっ。心なしかお
精霊の光を目で追いながら渇いた喉を鳴らす。高まる鼓動に釣られてあがる呼吸を必死で抑えている。
――だが。
精霊はエステルたちの頭上をふらふらと飛び越えていく。
落胆の声に喉を震わせることはなくとも、首を垂れ瞼を力一杯下げている姿は三者共通であった。
「ダメだったようだの」
「普段ならそうだけど、今は
後方でエステルたちに聞かれぬよう小声で暢気な会話を交わしていると、精霊の光はセキの周囲を回りながらその光を明滅させていた。
「お主が気に入られとるぞ」
「カグツチ――お前、精霊って認識されてねーのかよ……いや、おれの魔力が垂れ流れてないほうが原因か……?」
『チピ~……』
セキは光を追っていた目をふいにエステルたちに向けた。
鬼のような形相で唇を噛むエステル。
少々血が垂れることも意に介すことはない。
込み上げる怒りをセキに向けることは許されない、と顔を必死で背けるルリーテ。
だが、握りしめた拳は震え続けている。
瞳孔を許される限り開き、陰の気をその小さな体に纏うエディット。
襲い掛かるタイミングを見計らっているのだろうか、にじり寄る気配が収まらない。
セキは向けていた視線をそっと外し、見ていないことにすることを心に誓った。
『――――――――』
「まぁすまんの。良き出会いに恵まれることを願っとるからの」
カグツチが精霊の光に向かって語り掛けている。
セキはその様子を見守った後、未だに周囲を明滅しながら飛んでいる精霊に別れを告げるように一目見ると、背後の横穴へと姿を消した。
セキが居た場所をしばらく漂っていた精霊だったが、時間と共に漂う高度を上げていき天井の珊瑚の隙間へと潜り込んでいった。
「ダメだった……」
「
「善意も悪意もない純粋な評価って容易に
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