第24話 輝き劣る太い道

 岩礁帯という危険海域を抜けた今、残すは東大陸ヒュートの港町を目指すのみ。深淵種アビスを討伐したということもあり船員たちの気持ちも昂るばかりだ。

 クリルは探知魔術を発動しセキは再度帆柱マストに登り最後となるであろう警戒を行っていた――

 すると船の後尾部分でうなだれているブラウとそれに付き添っているゴルドの姿が視界に入ってくる。その姿が気になったため、セキは帆柱マストから降り二種ふたりの元へと向かった――


「船長を助けたのは紛れもなくブラウなんだからそこまで気落ちしなくても……」


 ゴルドの声だ。揉めている雰囲気ではなさそうだが気軽に割り込んでいける空気でもない。

 セキは船室の物陰で足が止まってしまい望まずしてそこで立ち聞きするような形になってしまった。

 

「いや……本葉トゥーラ級に上がって少しは強くなってるんじゃないかって思ったけど、今回の航海はセキがいなかったら護衛なんてとてもじゃないけど無理だったよ……」

「それはそうかもしれないけど、普段より護衛だって少なかったんだしさ……」

「それを承知で引き受けたんだからなぁ……たしかにセキがいたことで航海ルートは変わったけど、元のルートだったとしても俺がどこまで通用したか……」


 ブラウは自身が引き受けた護衛のクエスト内容に納得がいっていない様子だ。

 道中の魔獣処理ではセキと比べてしまえば赤子同然だとしても、中央大陸ミンドールから東大陸ヒュートの魔獣の質を考えれば堅実に魔獣を討伐できる実力を持っており護衛としての戦果は十分である。だが、それでも心の中にできたわだかまりは深淵種アビス討伐という快挙を目の前で見せられたことで溢れてしまっていた。


「きっとセキみたいなやつが探求士の最高峰『勇者』の称号をもらったりするんだろうなぁ……」

「そりゃセキは強いし頼りになるよ。同じ剣術士の視点で見るブラウと僕たちでは同じものを見ても違う感想を抱くかもしれない。でもそこまで自信をなくさなくても……今までだってこつこつとやってきたじゃないか……」


 セキの圧倒的な強さを目の当たりにしブラウは自分の剣術士としての在り方に疑問を抱いてしまっている。それは物陰から聞いているセキにも感じ取れることだった。

 同職というものは個々で得意な武器や戦闘距離レンジの違いはあれど意識するなというほうが無理な話である。


「ああ、ゴルドすまない。わかってるんだけどさ……わかってるけど……俺もいつかセキのようになれるのかって考えたらさ。なれるなんてこれっぽっちも思わなくてさ……逆にゴルドは想像できるか? 俺がセキのように魔獣を細切れにしていく姿をさ」


 ブラウは柵に寄りかかり空を見上げながらゴルドに問いかける。

 ブラウの淀んだ気持ちとは裏腹に空は澄み渡り輝きを潜めてきた日光石の明かりが優しく雲を照らしている。

 頬をなぞる優しい海風も今のブラウには少々鬱陶しい。


「そ、それは――」


 視線を足元に落としながらも何かを伝えようと言葉を探している。

 何度も口を開くも喉を震わせることはなく、そのまま口を閉ざしてしまっている。

 きっと今のブラウには正論で諭してもまたや曲論で濁しても自身の言葉では伝わらない、とゴルドの脳裏によぎったその時――


「それは無理だの」


 セキの胸元からカグツチがひょっこりと顔を出し回答していた。ブラウとゴルドが物陰を見ると同時にセキは気まずそうに物陰から現れる。

 笑顔を取り繕ってはいるがぎこちないことこの上ない。状況が状況でなければその小さな体を握りつぶしてたぞ、とセキは引きつった笑みの裏で思考していた。


「盗み聞きをするつもりはなかったんだけど、タイミングが……」


 セキが二種ふたりに声を掛けるとカグツチは衣嚢ポケットから降り二種ふたりの前にぺたぺたと歩いて行く。

 普段の歩き方それと同じなはずの歩き方だが、なぜかその小さな体からは考えられない威厳がほのめいている。

 

「理想や憧れを持つのは構わんがの……。冒険をしている以上、名を残したい、英雄や勇者になりたいと願うのは当然だからの」


 カグツチは二種ふたりの前で淡々と言葉を重ねる――が、当の二種ふたりは喋るトカゲを目の当たりにし固まっている。

 唯一状況を把握しているセキだが言葉よりも戦闘で自身を表現してきた青年にここで気の利いた言葉を望むことは、それこそブラウにセキと同等の技量を求めるというような無理難題に等しい。


「――だが、誰一種ひとりとして憧れた英雄と全く一緒の強さを手に入れたものはおらん。それは当たり前だの。英雄とて一種ひとりひと。様々な想いを背負い様々な苦しみを乗り越えてその強さを手に入れる。英雄という高みはもしかしたら同じかもしれんがそこへ至る道のりはどうやっても一本道にはならんからの……」


 カグツチは誰かを思い出しているような……そんな表情を浮かべながらブラウに語り掛ける。

 体躯サイズや魔力が変わっていてもブラウに掛ける言葉を紡ぐその姿は確かな風格を漂わせている。


「セキはたしかに強い……それ相応の代償は払っとるがの。憧れを抱くのもわかる。だがそのことで絶望まで抱く必要はないかの……」


 ブラウはカグツチから一時も目を離さず真剣な眼差しを向け続けている。柵に寄りかかっていた姿勢もいつの間にか直立となり下ろした手は知らず知らずのうちに握りしめられその小さな口から発せられる言葉を自分の中に刻もうとしている姿が伺える。

 隣にいるゴルドも同様に表情が引き締まり口を一文字に結びながらカグツチの口から紡がれる言葉に耳を傾けている。


「なぜならセキが歩んだ道とこれから歩む道。今までお主が歩んだ道とこれからお主が歩む道。それは目指す場所は同じかもしれんが歩みは違うんだからの」


 カグツチはブラウを見上げながらゆっくりと――そして力強く続ける。


「今こうやって道が交わってセキの道が眩く見えているのは事実だろうの。しかしセキの道が眩いからと行ってお主の道が色褪せるものではないであろ?」


 ブラウの心に問いかけるようにカグツチは告げる。

 それはかつて誰かが同じように悩んでいたことを見てきたかのように迷いなく、ただはっきりと――


「輝きは劣るかもしれん。お主だけが持ちうることができる色に染まっておるのだからの。だがその道はお主がたしかに歩んだ道だからの。仲間と共に歩んだその道はセキの道より太いかもしれんぞ? なにせセキの道は天を照らすほどに輝いていても薄氷のように細く脆いしの」

「――うるさいよ」


 その言葉にセキが背後から言葉を投げかけ微苦笑を浮かべながら空に視線を泳がせている。

 だが、セキは自身の道の核心そのものを突かれている自覚があるのか否定の言葉を口にすることはなかった。


「お主の今までの道はお主が一番わかっておるものだ。セキを見て自分の立ち位置を見失ったなら、たまには自分の道を振り返ってみるといいかの」


 ブラウに語りかけるカグツチは一体誰を思い出しているのだろう――。セキはなぜかそんな気持ちで耳を傾けている自分に気が付く。


「たしかに道が途絶えてしまう瞬間というものは存在する……自身の限界を知ってしまったり、大切な何かが零れ落ちてしまったりの……だがお主は限界を見切るには早すぎるし何かを失ったわけでもなかろ? いや……大切な何かが零れ落ちても歩みを止めぬ者さえいる! 振り返って道を確認すればもう一度そこから前に向かって歩けると思うがの……あ、自信は失ってたかの」


 それまで淡々と語っていた口調に合わず語気が強まる。それはカグツチ自身も意識していることではなかった。

 それと同時に空に視線を泳がせていたセキが心にあった鉛の重さを思い出したかのようにその瞳に深い哀愁がこもる。

 ――だが、今はその表情に気が付く者はいない。

 カグツチの言葉にブラウは瞼を閉じ今までの冒険をそっと振り返る。探求士に憧れクリルやゴルドとパーティを組んだこと。相談もせずにいきなり星団を立ち上げ怒られたこと。南大陸バルバトスに渡るために三種さんにんでクエストに精を出したこと。精選で『禍獣』が出現して死にもの狂いで逃げたこと――


 いい思い出ばかりの道ではないことはたしかだ。だがたしかに歩んできた道は途切れてもいない。ましてや色褪せるものなんて一つもないとブラウは胸を張って思い返すことができた。


「たしかに落ち込むならもっと進んだ先で落ち込んだほうがいいですね……えっと、トカゲ様?」

「我はカグツチだの」

「ははっ! すごい名前をお持ちですね……あの最古の大戦の邪竜と同じ名前とは! まぁ精獣格で喋れるくらいですからおかしな話でもないですかね」


 ブラウとカグツチの間の空気が見る見るうちに和やかなものに変わっていく。

 その雰囲気はゴルドも察しており今の今まで口に出さなかった言葉をセキに投げかける。


「セキの加護精霊……? じゃないよね? 三原の火サラマンダーに見えなくもないけど……やっぱり『精獣』様なの?」

「えっあっ……う、うん……そう南大陸バルバトスで冒険してる時に拾ってね……驚かせちゃうと思って黙ってたんだ……まぁでもおれ自身が元々は三原の火サラマンダーと契約してたから似てきちゃったのかも……?」


 ゴルドの問いかけにセキは戦闘で一切流さなかった汗を滝のようにかき両手が動揺から意図もなくバタつかせている。


「なるほど……セキの実力ならたしかに精獣様に認められているって納得できる……」

「そうか~! セキは『火』の精霊なのか~……く~俺の加護精霊も三原の火サラマンダーに昇格してくれないかな~……」 

 

 セキの実力を護衛中に見てきたこともあり疑う気配すら感じさせない納得模様。想定外の事態ではあったが、二種ふたりとも勘違いをしてくれたことを心の中で胸を撫で下ろし大きな息を吐いているセキがいた。


「それにの、ブラウよ」

「はい……!」


(精獣だとみんな敬語になるんだ……)


 カグツチの言葉に元気一番返事をするブラウを見ながらセキはぼんやりと考える。


「今回の我らは船もとい船員や行商たちの護衛が目的だからの。深淵種アビスの危機から救ったセキもだがゴルドも言った通りお主は船長をその身をして助けているのだからの。それで落ち込んでは救われた船長が報われんと思うかの……」

「うん。そこはカグツチの言う通りだと思うよ……ちょっとおれも深淵種アビスだけに気を取られ過ぎて行動が軽率すぎたと思ってる……だからあれは本当に助かったよ……」


 カグツチとセキの言葉を受けブラウは照れくさそうに頭をかく。

 その間も頬はみるみる紅潮しており瞳にも意思の炎が灯されていた。


「いやぁ……なんか落ち込んでた自分がバカみたいだな……なんか自分の道のもっともっと先を見てみたくてしょうがなくなっちまったよ……」


 ブラウの決意の言葉に二種ふたりと一匹は笑顔で頷く。


「それにの、セキはの行動に慣れ過ぎておる。なまじ一種ひとりでどうにかできる実力があったからの。今回ブラウがセキを見て剣術士としての自分を見直したようにセキもブラウたちのようにひととの行動をするということがどういうことなのか見直すとよいかの。まぁ我の場合は釣り合う相手がおらんから一種ひとりで十分なんだがの」

「ありがたいご忠告痛み入りますよ。カグツチ様」


 セキは言葉とは裏腹にまたもや首を摘まみ振り回す。セキ自身も自分に足りないものは自覚しているのだ。


 そこに姿が見えないブラウたちを探していたクリルがひょっこりと姿を現す。


「あーみんないないと思ったらこんなところにいるー! もー何やってるのよ! もう港に着きそうなのよー!」


 クリルが違う意味で頬を染めながら怒り気味な口調で問いかけると――


「すまんすまん、何をしていたわけじゃないんだ……うん、これから何かをしようって話をしていたって感じかな?」

「もーますますわからないわよ! しかも何をしていたわけじゃないって警戒しときなさいよ!」


 クリルはますます怒りを増しているが迷いの晴れたブラウはとても生き生きとした表情をしていた――


 その後もクリルにカグツチの説明をする必要がありなんとか南大陸バルバトスで拾った精獣説で押し切ることに成功したセキ。とりあえず一安心というところだろう。


 しかしセキは口には出さないが会話の中で一つの違和感だけはあった。ブラウの言った『最古の大戦の邪竜』という言葉。

 セキの知っている伝承、神話とは食い違っている。伝承とは伝わる中で変化していくものと言えばそれまでだ。それはセキも承知しているが、なぜなのか……この伝わり方に奇妙な違和感をセキは覚えていた――

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