第25話 途切れぬ道のり

 三日間に及ぶ航海が終わろうとしている――。当初の予定よりも二日は早い到着となり船員も商種しょうにんたちも満足そうに笑顔を浮かべていた。


「たったの三日間だったのか……なんだかすごい長い間船に乗っていた気分だなぁ……」

「うん……でもすごい貴重な経験だったよ」

「たしかに今までのクエストでは味わえないようなことだったと思うわ……」


 ブラウたちは船の先端から港を眺めつつクエストの終わりを感じていた。セキはというと結局船のひとたちにもカグツチの存在がバレるもセキの強さという説得力もありすっかりみんなに崇められる『精獣』様として定着していた。

 また、深淵種アビス討伐に関しては討伐直後の海錦蛇シーパイソン襲撃のせいで凝縮された巨亀ジャイアントタートルの死体を回収することができず、魔力源を逃したことを思い出したクリルが膝から崩れ落ち、セキが平謝りをしていたが、護衛任務の成功、また大きな怪我を負うこともなく済んだことを喜ぶべきだ、と気分を切り替えており、船員や行商たち同様に表情に陰りは見られない。


「まぁお前の説得のおかげでブラウも自信を取り戻したし今回は大目に見るけどな……あーいうのはほんとおれ苦手だ……」

「ファファファッ……我の助言を受けられるなど至上の喜びであっただろうの」


 セキの頭の上で潮風に吹かれながらカグツチは満足そうに答える。と、そこに三種さんにんが近づいてくる。


「セキとカグツチ様はすぐにでもスピカに行っちゃうのー?」

「うん。ちょっと中央で不穏な噂も聞いたからまずは村に行っておきたいと思ってるんだ」

「そっかぁ……町で最後の食事でも、と思ったけどそういう理由ならしょうがないわよね。えっと……それじゃこれ、あたしたちの星団からセキの紹介状よ。船旅前に約束してたやつね」


 クリルは三種さんにんのサインと適正を記した樹皮紙をセキの胸元へ差し出す。


「ありがとう。村の様子を確認した後に早速使わせてもらうようにするね。それでこれはおれから三種さんにんへ」


 今度はセキが丸めた樹皮紙をクリルに渡す。それを不思議そうに受け取ったクリルが丸まっている樹皮紙を開くと。


『ハネ爺まだ生きてる? おれが旅でお世話になったひとたちに魔装を作ってほしい。材料はおれが集めたものなら何を使ってもいいからね。ちょうどトキネに渡した素材もあるし過去のものを使ってもいいから。それじゃよろしく。 セキ

 あともちろんだけど――』


 という内容だがセキが記す文字は共通語ペランではなく地方の文字のため、三種さんにんには内容が理解できなかった。

 ついでにカグツチの手形まで付いておりその後にも文章が続いているが少し物騒な内容となっているため、自身の村の鍛冶師への魔装作成の依頼書ということだけを伝える。


「え……セキそれって……?」

 

 クリルの開いた樹皮紙を前のめりに覗きこんでいたブラウがセキを見上げる。


「うん。三種さんにんとも南で活動してるって言ってたでしょ? 港町ハープから数時間ほど西に行ったところわかるかな?」

「あ、もしかして鍛冶街ですか?」


 セキの質問にゴルドがはっとした表情で答える。


「そうそう! 精選の時期に合わせて、おれの故郷の鍛冶一家もそこに武具を売出しに行ってるんだ。今も時期的にちょうどいいから三種さんにんが戻った時に顔を出してみてよ。巨亀ジャイアントタートルの魔力源に関しても申し訳ないことしちゃったし。少なくとも魔装に入れる魔力源がないなんて状態からは抜け出せるはずだよ? 他の鍛冶屋のことはわからないけど、腕は悪くないと……思う……たぶん……きっと……おそらく……」


 他の鍛冶屋に頼んだことがないため語尾に自信の無さが表れているセキ。

 頬を指でかきながら視線が盛大に泳いでいる。


「今、おれの手持ちにも少し魔力源になる爪とかはあるんだけど、魔装に合うように魔力源は見繕ってもらってから作るほうがいいと思って……迷惑でなければだけど……」


 セキの言葉に三種さんにんは顔を見合わせる。


「ほ、ほんとにいいのか!!」


 ブラウがセキに確認。


「こ、これはもう『嘘だよー!』なんて言ってもダメですからね??」


 さらにゴルドも確認。


「え、別に深淵種アビスの件はセキが討伐したんだからもともとあたしたちに権利ないじゃない! で、でも……やだ! 信じられない! セキありがとー!」


 クリルはセキに飛びつき両手で抱きしめるとセキの顔は豊満な胸の谷間へと埋まっていく。

 探求士たちの生命線とも言える魔力源と魔装。

 あるとないでは探求士としての強さ、魔獣討伐の成功率は雲泥の差であることは言うまでもない。

 それ故に入手への道のりも遠く険しいものとなることを探求士は覚悟している。

 その魔力源と魔装入手の好機チャンスがまさかこのような形で転がり込むとはどの探求士が聞いても同じような半狂乱の反応をするだろう。


「むぐぐぐぐ……! ぐぐぐむぅ……」

(な、なんだこれ……ふわふわでいい匂い? 締め付けられているはずなのに心地よさが増していく……? 魔装よりもよっぽど凶悪な武器なんじゃ……)


 クリルの谷間を堪能しているセキにブラウは興奮気味に語り掛ける。


「こ、こんな紹介状のお礼で魔装なんて……! 聞いたこともないぞ! い、いくらお前が世間に疎いと言っても……」


 お礼が大きすぎると言いたいブラウの懸命な言葉は谷間を堪能しているセキにはもちろん届いていない。


「こら、クリル! そんな締め付けてたらセキが息もできないだろう!」


 ゴルドがクリルを叱るとクリルは慌ててセキから両手を放し一歩下がり頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。


「わっ! ごめーん! 苦しかった? うれしくてつい……ほんとにありがとうね!」

「えっ? むしろお礼を言うのはおれのほうだと思うんだけど……あ――いや、ううん、そんな大げさな……」


 三種さんにんは紹介状のことだと思っているがもちろん紹介状そちらの件ではない。

 クリルが頭を下げるときもセキの視線はもちろん、凶悪な武器に注がれていた。


「あっ……うん、まぁ気にしないでよ……故郷は『コト村』っていう名前だからそこから来てる鍛冶師を探してもらえれば見つかると思うよ。もしくはさっぱり売れてない出店に聞けばたぶんそこ……」

「えっ? あっうん……わ、わかった?」


 ブラウは多少混乱気味に返事をする。


「なんかいつも言ってたんだよね。『どいつもこいつも刀の良さがわかっとらん! 何がそんな細い刃で魔獣を斬れるんですか? だ! 刀は斬ることを追求してこの形になっとるんじゃ!』ってね。それで一本も売れずに帰ってきてたから」


 三種さんにんともにセキの扱う刀を見ていなかったら同じ感想を抱いていたかもしれない、と内心冷や汗をかいている。


「そこの鍛冶一家のじいさんが彫金師も兼ねてるからゴルドも魔装は大丈夫だと思う。うん、なんというか……うん……」


 セキはクリルをちらちら見ながら気まずそうに言葉を放つ。三種さんにんは疑問に思いつつも魔装を手に入れる機会がこんなところで訪れるとはまったく思っていなかったため、この突然のセキのお礼に気持ちは浮ついてばかりだった――



◇◆

「さぁ! 到着だ! 長いようで短い航海だったがみんなの協力に感謝する!」


 東大陸ヒュートの西に位置する港町『ベス』に到着すると船長から感謝の言葉が響いた。


「いやー! こんなに早くつけるなんてなぁ! 待ってるやつらも驚くだろうなぁ」


 船員は意気揚々と錨を下ろし下船準備に入っている。

 筋骨隆々の船員たちが一同満面の笑みで作業を行うその姿は事情を知らない者にとっては少々怖い絵面でもある。


「いやー船長さんに頼んで大正解でしたよ! これでゆっくりと商談の準備ができる!」


 船内にいた行商たちも下船しながら口々に船長へのお礼の言葉をかけていく。そして護衛であるセキやブラウたちの所へ船長がやってくる。


「これは今回の護衛証明だ。ちょっと色を付けるようギルドにもしっかり報告しておくから安心してくれ!」


 船長がクエスト完了の樹皮紙をブラウに渡すと三種さんにんともに歓喜の声を上げる。そしてもう一つの樹皮紙をセキに渡そうとするが。


「あ、船長。おれの分は入りませんよ。出港当日に無理を聞いてもらった上に代金までもらうのはちょっと……それに特にクエスト? とかを受けてるわけでもないので」


 セキが代金を遠慮していると。


「何を言っているんだ。今回セキがいなければあの『深淵種アビス』相手にどうなっていたかわからなかったんだ。船や荷物を守ってもらったことに比べればたしかに微々たる報酬かもしれないが……」


 船長は樹皮紙をすっとセキに向けるが――


「あははっ。評価してもらえてうれしいですが、乗せてもらった上にこの船のおかげでたった三日で東大陸ヒュートにつけたことじたいおれは感謝でいっぱいなんですから!」


 セキはにこにことしながら樹皮紙を持った船長の手を船長の胸元へ優しく返す。

 その表情を見ると船長もそれ以上の無理強いは粋ではないと判断をしたのか、樹皮紙を持つ手を下ろしセキの笑顔に釣られるようにその風格ある表情を破顔させる。


「そ、そうか……それならばまた船が必要な時はぜひとも俺に声をかけてくれ! むしろセキが乗船するならこっちとしても願ってもないからな!」

「ええ、必要な時はぜひとも頼らせてください。それと今回の乗船ほんとにありがとうございました」

「ああ! 東大陸ヒュートで何をするかは知らないが頑張ってこいよ!」

「はい!」


 乗船時のように船長とセキはがっちりと握手を交わす。ブラウたちも同様に船長と握手を交わし四名の探求士は船から降りていく。その姿を見た船員たちからも感謝の言葉や再会の言葉が向けられていた――


「よし! それじゃ今日はベスで一泊して明日『ギータ』を目指すことにしよう」


 船を下りたブラウがクリルとゴルドに今後の予定を告げる。『ギータ』とは東大陸ヒュートで一番栄えている都市の名前だ。

 クエスト完了報告はベスでも可能だが東大陸ヒュートに来た際には、一度足を伸ばして東大陸ヒュートの状況を確認しておこうという三種さんにんの思いがあったためだ。三種さんにんとも本音では一刻も早く南大陸バルバトスに戻り魔装を手に入れたい思いがあるが探求士として状況確認を優先するあたり、この性根のやさしいブラウたちらしいといえるだろう。


「うん、そうだね。もう日も暮れてきてるしそのほうがいいだろうね。でも……セキはほんとにもう出発してしまうのかい? 今日くらい一緒に町に泊まっていっても……」


 ゴルドは名残惜しそうにセキに視線を送る。


「ん~ありがたいんだけど、もう海やらで行く手を阻まれることもないって思ったら落ち着いていられなくて……だからおれは行くよ。もらった紹介状はスピカに行ってから使わせてもらうから!」

「そっかー……あたしたちがセキに言うのもおかしいけど、気を付けてね! それと魔装の紹介ほんとにありがとね!」


 セキの言葉に少し残念そうにするクリルだが、気を取り直し別れの言葉を口にする。


「俺たちは同じ探求士だ! また会うこともあるだろう! 次会う時は俺もセキに負けないように強くなっているからな!」


 ブラウはあの船尾での一件が嘘かのように自信を取り戻し、また会う日への約束を交わす。


「今回の船旅は僕たちにとってすごい貴重な経験になりました! 何か困ったことがあったらいつでも力になりますからね!」


 ゴルドが自身の前でぐっと拳を握りしめる。


三種さんにんとも……特にブラウはしっかり精進するとよいかの。迷うこともあるかもしれんがその迷いも含めてお主の道だからの」


 カグツチの言葉にブラウは無言で頷く。


「こっちこそ三種さんにんと一緒の船旅で仲間のありがたみを痛感したよ! これからはしっかり考えるようにしないと……うん……それじゃブラウ、クリル、ゴルドほんとにありがとう! またいつか会おう!」


 セキが三種さんにんにお礼の言葉を告げ背中を向けて走り出す――。その姿は視界からあっという間に夕闇に溶けていき見えなくなっていった――


「やだー! セキ走ってもあんなに早いの? ブラウと大違い!」

「お、お前! ほら……えーっと……セキはコートにシャツにズボンに武器、うん、武器すっごい差していたけど。俺はライトアーマーにインナーにズボンに武器! 鎧の有無はでかいだろ!」

「ブラウ……鎧の有無はわかるけど、なくてもあの速度はでないでしょ……それにカグツチ様が言ってたこともう忘れたの……?」


 クリルの言葉にムキになるブラウをなだめるゴルド。いつもの三種さんにんの日常の風景だ。


「う……わ、わかってるよ……俺はセキとは違う。俺はセキになれないけど……セキだって俺になることはできないんだ!」

「セキはブラウになりたいなんて思わないでしょ」

「クリル~~~~!」


 ブラウの言葉をクリルが指摘しゴルドが泣きそうな声で叫ぶ。これもまた三種さんにんの日常。三種さんにんは罵り合いながらも宿に向かい始める。そしてブラウはそっとセキが走り去った方角を肩越しに見ながらふと立ち止まり決意の言葉をそっと呟く。


「いつかお前の隣で戦えるようになってみせるからな……ん~……やっぱり斜め後ろくらいかな……」


「ブラウー! 何してるのよ! 早く宿に行きましょうよー!」


 先に歩いているクリルが振り向きブラウを急かす――


「そんなに急かすなって! 道は途切れてないし、しっかりと続いてるんだから!」


 不思議な顔をするクリル。だが隣のゴルドの口角で弧を描きながら優しい目で駆け寄ってくるブラウを見つめていた――

 

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