第167話 深淵種の力

 宙に浮くほどの衝撃を受けつつも、ルリーテとエディットは態勢を崩すことなく地に降り立つが……鋭い鎌の切っ先は胸元を切り裂き、朱色の染みを静かに広めていた。


 耳をつんざく咆哮と共に両鎌を上げたボス格の個体からさらに、ぐちゅりと肉が蠢くような不快な音が発せられた直後、両腕の鎌がたのだ。


「おいおい……四種よにん相手だからってなぁ……腕を四本にするなんてサービス精神が旺盛すぎだろーが……!!」


 重ねていたのか。はたまた今分離させたのか、定かではない。

 だが、確実なことは目の前の個体が振り上げる腕が四本に増えたということだ。


 そんな状況にありながらも、エステルはボス個体から目を離し突き通った後の残りの個体の動きに視線を向けていた。


(わたしたちがボスとやり合ってるのに援護にこないの……? ううん……こないどころか、距離をとってる……)


 残りの個体たちは必要以上に群がることをせず、エステルたちから数歩、あるいは数十歩の間隔を空けたまま鎌を構えるに留まっている。


「囲んでこないなら、各個撃破でいくよ! 目標は片目の――」


 この機会タイミング好機チャンスと捉えたエステルが指示を告げようとしたその時。

 ボス個体の四本の鎌が淡い光の収束を見せた。

 さらに鎌を大きく背後に振りかぶる。


「な……んだ? いや――やべェッ!! オレの背後に来いッ!!」


 ボス個体へ視線を流していたエステルたちの耳に、焦燥を伴ったグレッグの叫びが突き刺さる。


「オォォォォォッ!!」


 グレッグが左手の盾を大地へ突き刺す。


「盾術士を舐めんなよ――ッ!!」


 さらに右手の盾を大地へ突き立てた盾の上へ重ねた。

 直後――


 ボス個体の鎌が淡い光から眩く輝く魔力のうねりを発した。


『オォ……――ゴァァァァッ!!』


 向かってくるわけでもなく、四本の鎌がその場で空を切る。


「空振り……ですか?」


 エディットがグレッグの脇から顔を覗かせる。


「顔を出すなッ!! 来るぞ――ッ!!」


 グレッグの言葉とほぼ同時に、声を掻き消すほどの轟音を従えた暴風がボス個体の前へ収束していく。


「魔法!? 風を収束って竜巻!?」


 エステルが目を剥きながら喉を震わせる。

 収束した風の渦は、大きさこそひと並みではあるが、荒れ狂う暴風の力を思う存分に振り撒き、引き寄せる木の葉や石を容易に細切れにしていく。


「こんなもんで巻き込めると思うなよ!! 足腰だって……な――ふざけッ――」


 盾を構え、その場でこらえていたグレッグ。

 いち早く想像を働かせたことで巻き込まれることを避けた行為は称賛に値するだろう。

 だが、現実は想像のさらに先をいく――

 その場で風を轟かせていた竜巻が、突如グレッグに向かって土を巻き上げながら突進。

 その場で耐えていたグレッグは、虚をつかれる形で竜巻を受け止めることとなった。


「――ぐっ……くっそ……!!」


 背後からエステルたちもグレッグの体を抑えるが、横殴りの風は嘲笑うかのようにその勢いを増すばかりだ。

 風という形のない魔力の渦は盾で受け止めてなお、背後のエステルたちへ数多の裂傷を刻み込み。

 そして……


「ぐ……お………おおおおっ!!」


「きゃぁぁー!!!」


 グレッグ共々エステルたちが弾き飛ばされていく。

 さらに弾けとんだ先で待ち構えるは距離を取っていた残りの蟷螂たちだ。

 残りの三匹の個体は態勢を整える間も許すことなく、グレッグの肩へ鎌を振り下ろし、エステルの腿に横一文字に鎌を滑らせ。

 さらにルリーテの脇腹を切先が抉っていった。


「ぐぅぅぅぅぅ……!!」


 傷口を抑えながら飛び退くエステル。


「ちぃ――ッ!!」


 歯を食いしばり自身の肩に食い込んだ鎌を弾き返すグレッグ。


「今の一撃で決めなかったことを後悔させてあげますよ――」


 決して浅くない傷を受けながらも瞳孔を見開くルリーテ。


 ボス個体の魔法による一撃は動揺を誘うに十分な威力を誇っている。

 現にパーティの陣形は崩れ去り、各々が傷を負いながら態勢を整えるのが精一杯の状況に追いやられている。


 だが……


「相手は深淵種アビスなんですっ! これくらいは当然! だからこそ……ここから巻き返しましょうっ! 〈再生の下位炎魔術リ・ファルス〉――ッ!!」


 一際小柄な少女から飛ばされた再生の炎は、激と共にエステルたちの心にも火を灯す。


「――ごめん。その通りだよね! 予定通りに行く方が少ないんだから……みんなエディを中心に集まって!」


 互いの顔が見えずとも背中の温もりで通じ合う。

 劣勢に立たされた中だからこそ、エステルは思考を全力フルに巡らせ、光明へ続く道を探り始めていた。

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