第166話 一点突破

「オレが道を作る!! 遅れるなよ? オォー……――ウォオオーッ!!」


 深淵種アビスが四匹という状況にありながら、グレッグは冷静さを欠くことなく視野を広く保っている自分に驚きを隠せなかった。

 自然の理不尽さ。

 魔獣の狡猾さ。

 そんな状況に対応するならば、この南大陸バルバトスで数年……とは言わずとも、少なくとも半年は必要とされている。

 

 東大陸ヒュート中央大陸ミンドールでもこのような状況がないわけではない。

 だが、頻度がこの大陸では段違いに高い。

 知識として理解していても、己の糧にできている新種しんじん探求士は数えるほどである。


(珍しい詩や精霊と契約しているのは分かる。だが、強さが飛びぬけてるわけじゃねえ……)


 己を鼓舞するがための咆哮に喉を震わせながらも、グレッグの脳裏には一筋の澄んだ思考が通っていた。


(ここに来て一月ひとつきぐらいの探求士じゃこの状況じゃ一心不乱に逃げ惑うか、思考の放棄が精一杯だ。だがエステルたちは違う……)


 最奥に構える一際大きな個体へ向かい、大地を蹴りだす。

 左右から見舞われる漆黒の鎌を両手に備えた盾でいなし、さらに踏み込む。


(明らかに目指す高みが見えている……漠然とじゃねえ――くっきりと明確に。だからこの状況でもブレねえんだな……そんな姿を見せられたら嫌でも冷静になるっつの……!!)


 一切の速度を落とすことなく、距離を詰めていくグレッグ。

 だが、ボス格と思われる個体を前に、そうはさせまい、と立ちはだかる殺蟷螂キラーマンティス


「そこを……どけェーー!! 〈振砕の下位風魔術ヴァイオラ・カルス〉!!」


 グレッグの詩に呼応するように、右手に備えた盾が薄っすらと翠色の魔力を帯びる。


 だが――立ちはだかった殺蟷螂キラーマンティスもそんな言葉を素直に聞く耳を持ち合わせているはずもなく。

 振りかざした自慢の鎌を、グレッグ目掛け一直線に振り下ろした。


「ウオォォォーッ!! 砕けろォー!!」


 漆黒の鎌がグレッグの魔力を帯びた盾と激突する。

 撃ち合いの重さは互角。

 だが――鎌とぶつかり合いながらも、高速の振動を止めることがない盾が、鎌に一筋の亀裂を刻み込んだ。


「ぐっ!! まだオレの魔力じゃ足りねえか――ッ!!」


 互いに弾かれ合う形で数歩分の距離が空く。

 しかし、グレッグは一種ひとりで戦っているわけではない。


「いえ……十分です――ッ!! 〈刃の下位風魔術ラミナス・カルス〉」


 グレッグの脇から小柄な体躯が飛び出す。

 右手に握るは暴風を纏う強靭な刃。


 ルリーテの斬り上げた刃が、グレッグの残した鎌の亀裂を正確に捉え、鎌を真っ二つに弾き飛ばした。

 

『ギ……ギィッ!! ギチィ――ッ!!』


 殺蟷螂キラーマンティスが悲鳴にもとれる声を漏らしながら、後退りを見せた時――


「背中をお借りしますよっ! 〈爪の下位炎魔術ウィグス・ファルス〉ッ!!」


 さらに小柄な体躯がグレッグの背中を踏み台に飛び出した。

 咄嗟に鎌を構えるも、エディットの炎の鉤爪が、折れて無防備となった左面から迫り無慈悲に蟷螂の左目を抉り抜く。


『ギィッ!! ギィィィィィィィッ!!』


 立ちはだかっていた蟷螂が逃げるように道から外れると、ボス格の個体までに残す個体は一匹。

 だが、相手も立っているだけの案山子というわけではない。


 突っ込んだエディットの着地を、狙いすましたように這いよる蟷螂。

 地に付く前の足を狙いすまし、胴体を捻りあげ渾身の一振りを見舞おうとしていることは明白だった。


「させないよッ!! ――〈引月ルナベル〉!!」


 振りかぶった鎌そのものが背後のサテラに引き寄せられ、鎌を振ることができず藻掻くも、エディットが着地と同時に素早く駆け抜けていく姿をその瞳に写すだけだ。


 眼前に残すはボス格のみ。


「大きいからって有利と思わないで欲しいですねッ!!」


 勢いのままに搦めとるべく、エディットが炎の爪を振るう。


「大きければそれだけ斬りやすくあるということを教えてあげましょう――ッ!」


 エディットに連なるように配置していたルリーテ。

 呼吸を合わせるタイミングで風の刃を薙ぐ。


 ――しかし。


『オ……オォ……――ゴォォォォォッ!!』


 両の鎌で爪と刃を受け止め。

 さらに鎌を振り上げるその勢いにエディットとルリーテは体ごと巻き上げられていく。


 きちきちと不快に口を啜りながら鎌を軋ませるその姿は。

 向かい合った四名の動きを見てなお、自身が捕食者であるということに、微塵も揺らぎがないことを物語っていた。

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