第165話 パーティの真価

「――〈星之煌きメルケルン〉ッ!!」


 魔獣の悲鳴をかき消すようにエステルの詩が紡がれた。

 直後。

 ルリーテの矢で抉り抜かれた傷跡から死角となる位置。

 プラネが魔力のうねりと共に激しい爆発を巻き起こした。


 爆風で弾けとんだ殺蟷螂キラーマンティスが、その身を地へ叩きつけられる。

 すでに頭部を丸ごと失いながらも、両手の鎌で回りを探るよう振り回しているが、動きを止めるのも時間の問題であろう。


「もう一匹潜んでたってことか!?」


 目の前の殺蟷螂キラーマンティスから絶え間なく斬撃を繰り出されるも、受け止め続けているグレッグ。

 斬撃の隙間を縫い盾ごと押し切ることで、殺蟷螂キラーマンティスを突き飛ばし、仕切り直しとばかりに距離を取った。


「うん……でももう一匹――じゃないよ……!」


 エステルが応答するもそれは他の者が想定していた答えではない。

 自然とルリーテと背中合わせで警戒を敷く。


「おかしいと思ったんだ。あのひとの実力は分からないけど……一匹や二匹だったら討伐が目的でない以上、逃げればいいのにそれをしなかった……」


 エステルの言葉に息を吞むルリーテ。

 視線で相対する殺蟷螂キラーマンティスを捉え続けているものの、グレッグの意識はエステルへ向けられている。


「だから……それが示す答えは……」


 言葉を理解するはずもない魔獣。

 だが……風に揺られた木々だけが静かに音を奏でる空間に、続々と異音が混ざり始める。


 ある個体は樹の影からその漆黒の身を乗り出し。

 大樹の幹に足を突き刺していた個体も蠢きだす。

 さらに奥の斜面からは、先ほどの男を貪りながら一際、大きい個体が顔を覗かせた。

 グレッグが向き合う個体も含め、計四体。


 エステルの機転で一匹仕留めていなければ、一対一でも足りない状況に陥る寸前だったのである。


「おいおいおいおい……全部深淵種アビスじゃねえか……」


 首を振り個体を確認するグレッグ。


自然魔力ナトラが溢れ出している以上、深淵種アビスが何匹居ようともおかしくはないですが……」


 とはいいつつも、ルリーテ自身も頬が引きつったままである。


「百獣討伐隊のみなさん索敵が甘かったんじゃないですかね~っ。まぁ……ここまで見事に隠れていたので、探知に長けた方でないと見つけるのは困難なのはわかりますが……っ! う~チピも騒ぎすぎですね~……」


 憎まれ口を叩かねばやりきれない――そんな心境を素直に見せるエディット。

 さらに降霊中のチピもエディットの脳裏で必死で騒いでいるようである。


「囲まれることは避けようッ!! それに一対一じゃ分が悪い……あくまでもパーティ戦をしないと――ッ!!」


 エステルの言葉と同時にグレッグとエディットが、側まで駆け寄ってくると、


「ちょっとばかし腕の数が足りねーなぁ……」


 グレッグは背中を向けながらもはっきりと伝わる程度には、辟易している様子である。


「あの鎌の一撃を『受ける』ことができるのはグレッグ様だけなのが厳しいですね」


「避けることはできますが、それをすると陣形がすぐにグチャグチャになってしまうのがネックですっ!」


 グレッグの背後へ陣取った両名が発する声に、僅かながらの緊張を伴っていることは明白だ。


「うん……ルリ、エディ……?」


 上がり始めた息を整えるように唾を飲み込むエステル。

 声色トーンが変わらずとも、力強く告げられた言葉にルリーテとエディットは肩越しに視線を投げ、静かに頷きを返した。


「ありがとう……! それなら……密集を作らないといけない……」


 エステルの脳裏で、か細い勝利への道筋を描く。


「奥のあの大きい個体……あれがこいつらのボスなら……」


 魔獣と戦う上で相手が統率されているかは重要な要素だ。

 基本的に群れていようとも、戦う際は個々で襲い掛かってくる、というのが魔獣の行動の定石セオリーだ。


 だが、圧倒的な力を保持する個体が存在する場合はその限りではない。


「一点突破……! あの奥の個体に集中するよ……ッ!!」


 エステルの中で描かれた道筋。

 個々の力で劣る彼女たちの、パーティとしての真価が問われる局面を迎えてなお、この場の誰一種ひとりとして、諦めの色を宿す者はいなかった。

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