第164話 観察

 グレッグを先頭にルリーテとエディットが脇を固め、最後尾にエステルを置く。

 対する深淵種アビスも奇襲の失敗など気にも止めず、四種よにんをただの餌として認識している様子が伺える。


(あのひと……正規の探求士じゃないって言ってもこの周辺にいたなら……)


 エステルが思考を巡らせる。

 だが、それを相手が悠長に待っているはずもなく――


『ギチィ――ッ!!』


 正面に立ちはだかるグレッグへ己の鎌を掬い上げるように振るう。


「オオ――ッ!!」


 前のめりで両腕の盾を突き出すも、深淵種アビスと化した魔獣の一撃は途轍もない強度と重さを誇った。


「……オッ……――オオオオオ!! ぐおおっ!!!」


 激突からの僅かな拮抗を経て、グレッグが盾ごと背後へと吹き飛ぶ。

 その間隙を突いた形で、殺蟷螂キラーマンティスは鎌を隣に居たエディットへと薙ぎ払った。


 ――だが。


「わざわざそんな重い一撃は受け止めませんよッ!! 〈爪の下位炎魔術ウィグス・ファルス〉ッ!!」


 鎌を搔い潜り己の手に顕現させた炎の爪を黒光る胴体へ叩き込む。


「か――かたっ!! 」


 魔力が凝縮された胴体の硬さに追撃を良しとせず、その身軽さを以って大きく距離を取るエディット。

 そこへ同じく一撃を見舞おうと距離を詰めていたルリーテへ、片手の鎌が真下から垂直に振り上げられた。


「その程度の攻撃でッ!!」


 ルリーテが己の体で半円を描くと、振り上げた鎌はルリーテの美しい髪を微かに切った。

 そして、避けた勢いのままに――


「〈刃の下位風魔術ラミナス・カルス〉ッ!!」


 回転の勢いを殺すことなく、握りしめた小太刀に暴風を纏い。

 渾身の剣激を叩き込むことになるが……


「ぐっ!! こ――ここまで硬質化しているとは!!」


 エディット同様に致命傷を与えることはできず、暴風の刃が黒い表皮にかすり傷を付けるに留まっていた。


(うん……硬くて強い……けど……逃げ切るだけならきっと大丈夫。でも、それならあのひとはなぜ……?)


 エディットとルリーテの激突を一歩引いた位置から分析するエステル。


深淵種アビスの強みにはこの魔力を凝縮した『硬さ』もあるみたいだね……! でも……関節や目も同じかどうか……――!!」


 エステルの一言に、漫然と相手を見据えていたルリーテたちの目線が定まりを見せる。


「ルリ下がって! 線よりも点で攻撃を……!」


 ルリーテがエステルの言葉を即座に咀嚼し、小太刀を仕舞いながら大きく後退する。


「任せろ! オオォォォッ!!」


 そしてルリーテと入れ替わるように、先程吹き飛ばされたグレッグが盾を構え自ら殺蟷螂キラーマンティスとの距離を詰めていく。

 そこに距離を取っていたエディットもグレッグの背後へと重なり――


「速度はともかく一撃の重さに注意ですっ!!」


 グレッグに叩き込まれる鎌の一撃一撃が、盾術士自慢の盾を削り取っていくほどの重みを見せる。

 だが、グレッグ自身の踏ん張りに加え背後のエディットが抑えることで、後退することなく……いや、徐々にではあるが、確実に殺蟷螂キラーマンティスを背後へと押しやっていく。


(あの個体もまだ自分の力を扱いきれてないんだ……だから力任せで……それならなおさら……――そうか!!)


 エステルの目が見開いたと同時に木々の隙間を吹き抜ける風が如く、詩が響き渡った。


「――〈弓の下位風魔術アルクス・カルス〉ッ!!」


 構えた矢じりへ収束する風がうねりを上げる。

 ルリーテの瞳は一点の曇りなく、前方でグレッグと交戦する殺蟷螂キラーマンティスへ注がれていたが。


「ルリ!!」


 エステルが叫ぶ。

 ルリーテはその声と共に、瞬時に的を切り替えた。

 暴風を収束した矢がグレッグたちと交戦する殺蟷螂キラーマンティスとはかけ離れた明後日の方角へと解き放たれる。


 しかし……


『ギチィッ!! ギッ!! ギィィィィィ!! ギィ……ィ……』


 前方の大樹の枝の上。

 突如発せられる発狂にも似た悲痛な叫び。


 その枝の上で叫んでいたのは――。

 ルリーテの矢によって片目……どころか顔の半分を抉り抜かれたもう一匹の黒い殺蟷螂キラーマンティスだった。


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